13 家族の形 ページ13
「ただいま」
何の変哲もない普通の一軒家。
玄関からそのままリビングに向かうと、洗い物をしていた母さんが驚いた様子で手を止めた。
「A? 随分早いのね。午後練は?」
「ちょっと、色々あって」
言いながらスポーツバッグを下ろして、水筒やらジャージやらを引っ張り出していく。
色々──この二文字で済ませるには、あまりに濃い惨事だった。
そんな気持ちが伝わってしまったのだろうか、母さんが心配そうに近付いてくる。
一連のことを話すのは少し躊躇われた。しかし隠すようなことでもないし、黙っていたとしてもそのうち噂になって伝わるだろう。
私は慎重に言葉を選びながら、ぽつぽつと今朝あったことを打ち明ける。
「……フィフスセクターが?」
驚きに見開かれた母さんの目が、僅かに戸棚の方へ向いたのを私は見逃さなかった。
その視線の先にあったのは、数年前に撮った家族写真。シンプルな写真立ての枠の中で、四人が笑っていた。
父さんと母さんと、年の離れた姉と、私。
「わかってる。父さんのことはもう恨んだりしてない」
慌てて早口で付け加える。
母さんは何か言いかけ、結局言葉が出なかったのか、私の肩に優しく手を置いてくれた。
父さんの今の勤務先は──フィフスセクター。一年前、急に打ち明けられた。
『前の会社より待遇がずっといいんだ』と、そう言っていた。無表情で、淡々と。
その時の私は中学サッカー界の実情や、フィフスのことをを知ったばかりで。やるせない思いを、あろうことか父さんにぶちまけた。掴みかかる勢いで激昂した。
『なんでよりによってフィフスなの』『サッカーを管理なんてして、一体私たちをどうしたいの』と。感情に任せてぶちまけてしまった。
実際、父さんがフィフスでどんなことをしているのかはわからない。
今は一緒に住んでいないのだ。多分私に気を遣ったせいだろう。すぐに荷物をまとめて、社員寮に引っ越してしまった。
待遇がいい会社に行ったのは、私たちを養うため。少し考えたらわかることにも、その時は気づかなかった。
何より母さんに申し訳がなかった。私のせいで家族が離れてしまった。
だけど母さんは私を責めなかった。いつもみたいに優しく笑って「大丈夫」と言った。
大丈夫なはずがないのに。辛いのは私だけじゃないのに。
それでも私は──父さんに「あの時はごめん」の一言を、まだ言えないでいる。
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キメラ(プロフ) - 充滞さん» 充滞さん、コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても光栄です、励みになります! マイペース更新ですが見守っていただけると嬉しいです。 (2022年5月24日 21時) (レス) id: 6fadaab96b (このIDを非表示/違反報告)
充滞(プロフ) - キャラがとても公式よりで、とてもドキドキしました!主人公が抱く神童への劣等感、羨望を感じます。木から落ちる主人公を剣城が受け止めるシーンにときめきました。この小説を作ってくださりありがとうございます (2022年5月23日 11時) (レス) @page49 id: 7d360b94a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:キメラ | 作成日時:2022年2月3日 23時