【まふまふ】雨は既に上がっている/ひなせ ページ19
「……さいっあく。」
校舎の昇降口から見上げた空は生憎の雲翳で、視界を遮るほどの雨がアスファルトで舗装された地面を激しく打ち付けていた。
六時限目を終える頃に、丁度雲行きが怪しくなるのを窓越しに確認していた私は、雨に打たれないようにと早めに荷物を纏め、帰りのホームルームが終わり次第誰よりも早く教室から出るつもりだった。
(それなのに……)
教室を出る前に担任の先生に呼び止められ、授業で使う資料作成を手伝って欲しいから、放課後少し残ってくれないか。なんて言われてしまったが凶日、結局六時過ぎまでパソコン室から離れられなかった。
流石にこの時間じゃ仲の良い友達は全員下校してしまっているし、今朝は起きたのが遅刻ぎりぎりで、まともに天気予報なんて見ずに登校してきた私に雨具の用意などある筈も無く、残された選択肢は一つだった。
(とにかく、一番近いコンビニまで走って、ビニール傘買って帰ろう。)
まだ新しいローファーを濡らしてしまうのは心苦しいが、最早それは仕方ない。問題は鞄の中身に被害が及ばないかどうかだ。
なるべく鞄に雨が当たらないようにスクールバッグを肩から下ろし、両手で抱えるように持ち替えると、意を決して土砂降りの中へと足を踏み出そうとした、その時だった。
「Aさん…！！」
耳に心地よいソプラノ音に呼び止められ、足を止めて振り返れば、桜の花を連想させるような薄い桃色の瞳がこちらを覗き込んでいた。
目が合った瞬間、逸らされたが。
「…あれ、相川君も今帰り？」
相川 真冬君。仲の良い友人達には『まふまふ』という随分と柔らかそうな印象を受ける愛称で呼ばれる彼だが、私と彼はそんな渾名で呼び合うような親しい仲では無いし、一対一で話すのは多分これが初めてだった。
「あ、うん…。今、部活終わったとこ」
先程の私を呼び止めたよく通り声量のある声とは打って変わって、雨音に掻き消されてしまうんじゃないかという位の小さな声で、ごにょごにょと話し出す彼。
高校に入学してから一ヶ月が経過しようとしているが、彼がどうやら他人とコミュニケーションを取るのが苦手らしいということは、初日の自己紹介の時点でクラス全員が理解しただろう。
…それでも彼の周りに人が絶えないのは、その美し過ぎるルックスの為だろうか。
(…それだけじゃ、無いような気もするけど。)
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