眠らせて (ページ4)

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カラン、カラン。
鳴る下駄ひとつひとつに注目が集まるのがわかる。
スニーカーなんかを履くんだったな。と後悔している私の前にはいつの間にカラスがいた。

｢いやあ、凄いですねえ。器用なもんですよほら｣
｢A、先生……えっと……｣

照れ臭そうに作業の手を止めて私を見上げる彼。名前は(たぶん)エレイコだ。あまり目立たないが、ポムフィオーレ寮生で成績は優秀な方だと聞いている。
覗き込めば、常同様に独特な荒いタッチでありながらところどころ写実的で、なんとも言えない空気を醸し出す絵がそこにあった。光の入れ方が美しい。

｢流石だ｣
｢おや？覚えておいでなんですか？｣
｢ええ、まあ……彼の絵、好きですから｣
｢あ、ありがとうございますっ！？｣

恐縮です、と重ねた彼はガバッと頭を下げる。何もこんなフラフラとした碌でもない教師に頭を下げんでも。
返事に困り、ああ……、とだけ返した私に向けられた憧憬の目が眩しい。逃げるように他の生徒の作品を見に行くと、後ろから学園長がついてきた。

｢……貴方は粗方見たんじゃありませんか｣
｢生徒の作品は何度見ても楽しいものでしょう｣
｢……学園長からそんな殊勝な言葉が出てくるとは思いませんでした｣
｢なんだと思っているんです私を！｣

プンスコ！と擬音がつきそうな程指をさして私に詰め寄る男を無視し、生徒の絵を見る。
基本言うことは無いのだけれど、私より後ろに張り付くカラスがぺちゃくちゃと賛辞を述べて、ニコニコと人を食った笑みを浮かべていた。

｢A先生は感想とかないんですか？｣
｢……そんな言い方をされては……なくはないですけれど、別段言うほどのことでもないので｣
｢冷たいですねえ｣
｢皆優秀だと言うことです。私から特筆して述べる何かは無いのですよ｣
｢みんな花丸百点！ですか？｣
｢藝術に百点はないでしょう。作品の善し悪しもあまり決めたくはないですね……他はともかく、私は……｣
｢意外と熱心ですよねえ｣
｢意外とは余計です。いつだって私は真面目に作品を……｣

そこまで言って口を噤む。完全に自室や準備室に居る時のノリで会話していた。生徒の存在を思い出し、ぎこちなく教壇へと戻る。
全く使っちゃいない木製の椅子へ腰掛け、煙管を咥えた。

｢…………貴方がいると……余計な口ばかりきいてしまいます｣
｢いいじゃありませんか。先生の好感度上がりますよ｣
｢上げてどうするのですか｣

大きなため息が口から出ていった。