第５話 ページ5
機関員逹が夜の町に繰り出していった後、する事もない私は食堂で夕飯を作っていた。
台所は整然としていて、此処の主たる福本の几帳面さが伺える。
火を扱う私の耳に、一人分の足音が聞こえてきた。
初めての講義終了後に耳にした、機関員逹の静かで鋭い足音とは性質の異なる、重く鈍い音だ。
「今晩は、佐久間さん」
「福…Aか。貴様だけなのか？」
佐久間さんは辺りを見てから、真ん中の丸テーブルにどっかり腰を下ろした。
「ええ、皆さんはお出掛けなさっていますよ」
「それで貴様が夕飯を作っている訳か…一瞬、福本が縮んだのかと思ったぞ」
困った様な笑顔を見せてから「それは何だ？」と私に訊ねる。
視線からして、服の事だろう。
「これもエプロンですよ。帝國で言う、割烹着です」
「ほう…珍しい模様の物を持っているな」
「英国に居たものでして」
「到着したのが昨日の夜だろう？ そんな遠方から来て、疲れてるんじゃないか？」
「平気ですよ。有り難うございます」
そう言って、佐久間さんの前に白飯と鮭のバター焼き、キンピラを置いた。
「質素ですみません、材料が無かったもので…」
「構わんさ。ありがたく頂く」
脱いだエプロンを椅子の背にかけて、カウンターに置いた自分の食事を取りに行く。その間にも、佐久間さんは姿勢よく箸を動かした。
「福本とはまた違うな。これはこれで旨い」
「光栄です」
「……貴様は元スパイだというのに、Ｄ機関の奴等とは違っている」
「そうでしょう、私は彼等のように、才能を買われた訳ではないですもの」
実直そうな眉がぴくりと動いた。
料理から視線を上げて、私の顔をまじまじと見てくる。
「俺はてっきり、貴様は女でありながら結城中佐に才能を買われた、愛弟子だと思っていたが」
結城中佐の愛弟子、という言葉を聞いて笑いそうになるのを、口に手を当てて堪えながら、「惜しいですけれど、違います」と答えた。
「私に才能は有りません。結城中佐の弟子でもない」
「どこも惜しくないじゃないか」
「いいえ、惜しいです」
「……成る程。そこから先は俺にも言えない情報か」
そう、諦めたように言う。
「ええ、これ以上お教えしても、機関員の得にはなりません」
「機関員だと？」
テーブル裏に張り付いた盗聴器を剥がした。中尉は私の手の中にあるそれを見て、唖然とする。
「からかって遊んでるんですよ、悪趣味な人達ね」
私はゆっくり盗聴器を握り、それから地面に置いて、ブーツの踵で踏み潰した。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 101人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
凛々(プロフ) - とても面白かったです！！原作のイメージが全く崩れないっtとりとした雰囲気が最高でした。蝶のくだりは思わず泣きました。素敵なお話を書いてくださってありがとうございます。このお話に出会えて良かったです。 (2019年12月18日 0時) (
レス) id: 2ad6838eaa (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 燐さん» 返信が遅くなり申し訳ありません！とんでもないです、ありがとうございます！楽しんで頂けたようで嬉しく思います(^^) (2018年10月22日 11時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
燐 - めっちゃ切ない…!文才ハンパないっすね。展開もリアルで面白かったです！ラスト、三好さんの声が聞こえたトコロめっちゃ感動しました！ (2018年10月16日 22時) (レス) id: 6e4e502025 (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 信乃さん» ありがとうございます！そう言ってくださる読者様のおかげです(;;)最後まで読んでくださりありがとうございました！ (2018年10月15日 0時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
信乃(プロフ) - 完結おめでとうございます。毎回更新が楽しみでした！楽しく読ませていただきありがとうございました。 (2018年10月14日 21時) (レス) id: 3929cd90dd (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こな | 作成日時：2017年5月28日 15時
