【銀魂】一樹之陰【短編集】 (ページ41)

今日:3 hit、昨日:3 hit、合計:40,836 hit

睫毛【沖田総悟】ページ41

沖田side

「最初で最後。」

にこりと微笑んだそいつが、俺にキスしたのは本当にそれが最初で最後だった。暖かくて優しく触れるだけのキス。

俺はらしくもなく赤い目に涙をいっぱいにためながらぼやけた視界でそいつの背中を見つめた。

喉に言葉がつまり、出てこない。今叫ばなければ言わなければいつ俺は伝えるのだろう。

だけどもうまばたきを次にした時には、そいつの姿はどこにもなかった。

長い睫毛を揺らす女だった。

笑った時も怒ったときも寝ている時でさえ、そいつは長い睫毛を揺らしていた。

ある日マッチ棒を睫毛に乗せてみるなんてテレビがあった日に俺たちはそんなことを実践してみた。案の定、そいつの長い睫毛にはマッチ棒が乗った。

１つ、まばたきをしてマッチ棒が落ちた時には俺は落ちるマッチ棒よりもそいつの睫毛を見つめていた。

川で水遊びをした時もそうだった。俺がそいつの顔にかけた水は長い睫毛を濡らして、キラキラと輝いた。

そいつが顔を拭くとき、俺は心底勿体無いと思ったのを覚えている。

雪が降ったある日は屯所の庭でそいつは拾ってきた犬と一緒に遊んでいた。隊服に身を包んだそいつは戦場では立派な隊士だったが、やはりここでは女だった。

雪が長いそいつの睫毛に乗る。俺に駆け寄ってきた時には、頬を赤くしながら睫毛に乗った雪のせいで睫毛は白く染まっていた。

キャンと、吠えた犬にそいつはまた笑顔で駆け寄っていった。振り返ったその時に睫毛から雪がキラキラと落ちた。

俺はその雪が他とは違って輝いて見えて今でもずっと忘れられなかった。

そして今日。

俺にキスをした時その時。長い睫毛が濡れていることに気がついた。それで俺はようやくそいつが涙をためていることに気がついた。

いなくなったあいつの睫毛を見ることはもうない。

そう、あいつを見ることはもう、ないー

いなくなったその場で俺はようやくぼろぼろと涙をこぼした。もう帰ってこないその姿を思いながら。