30.人は見かけによらない ページ32
「ここが近藤道場よ。」
「あ、ありがとう...。」
親切そうな女性に連れられて早15分。近藤道場とでかでかと書かれた看板の下には顔に傷をこさえたもの、太ってまともに動けそうのない人、いかにも武士道を心得ていそうな人...様々な人が集まっていた。
けれどもAはこの15分、地獄のようだった。この女性、見た目にそぐわずなかなかのSっぽさ。出てくる話題は左手に下げたタバスコの話ばかり。「そういえば...辛い物はお好き?」といわれた瞬間からそれは始まっていたのだろう。
Aは辛い物が苦手だった。どちらかといえば、甘いものの方が好きで辛いものはできれば食べたくない。だけれどもあんなに大量のタバスコを見た手前、嫌いだなんて言うことはできずに。「普通だ。」と思わず答えてしまったのだった。
きっとそれが運の尽き。渡されたせんべいは真っ赤で、Aが見たことのないような色をしていた。それだけでも食欲はそがれるというのに、その女性は嬉しそうに新品のタバスコを開けて、Aのもつせんべいにこれでもかと降り注いできたのだ。
やっと一枚食べ終えた時にはすでに道場の前だったのだ。
「す、すまなかった。恩に着る。」
「いいえ、これくらいなんともないのよ。そうだ。これ、持って行ってちょうだいな。」
渡された“激辛せんべい”と書かれた文字にくらりときながらもなんとか両足を奮い立たせてありがとう、とそのせんべいを受け取る。
「そういえば、名前...」
「いいのよ、きっとまた会えると思うから。」
そう言うと彼女はくるりと踵を返し、元来た道を足早に戻っていく。
不思議な人だったな、とAはもう一度自分の手にぶら下げられた激辛せんべいを顧みる。舌がじんじんする。思い出すのも毒らしい。
ーまた会えるって...どういうことなんだろうー
一言残された言葉の意味を考えながら、人が多く集まる道場に向かった。
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作者名:咲 | 作成日時:2017年5月15日 15時