桜坂より

＊もう一度やり直せるのなら＊ ページ16

「………」



　がらんとした部屋を、静かな思いで見まわす。
　和典は、とても穏やかな気持ちで床に座り込んだ。


　振動するスマホを取り出し、画面を見ることもなく耳に当てる。



「…もしもし」

『もしもし、和典？今どこ？』


　耳に流れる 心地よい声。



「今、家。荷物運んだあと」

『そうなんだ。ごめんね、荷造り手伝えなくて』

「ん、大丈夫。そっちこそ、荷造り終わっただろ？大丈夫だったか？」

『うん。結構少なかったしね。持っていくもの、そんなにないから』

「そっか」


　心地よい少しばかりの沈黙に、身を浸す。



『……やっと、なんだね』

「…そうだな」

『いまだに信じられないなあ、一緒に住むなんて』


　あの和典と。と、向こう側からクスクス笑う声が響く。


「俺こそ、いまだに信じられねーよ。
……本当に、俺でよかった？」


『いまさらそんなこと言って、私を離してくれるの？』



　悪戯っぽい声に、苦笑する。


「……ぜってー、無理」





私もだよ



　柔らかな声に、笑みを漏らす。


　カーテンさえも取っ払った窓から、遮るものの何もない光が、悠々と差し込んできた。

　眩しさに目を細めながら、吐息の様な声を出す。


「……今日さ、」
『うん』

「……ちゃんと、向き合ってくるから」

『…うん』

「そこで、祈っといて」

『何を？』


「……俺がぶっ殺されないことを、さ」




　わざと冗談めかして言った和典に、クスリと笑う。


『大丈夫だよ、和典は』


　大丈夫。




　何が大丈夫なのか、確証のないその言葉に、なぜか救われた。















「ただいま」


　母の、帰宅を告げる声。


「おかえり」

　玄関まで出迎え、怪訝な顔をした母に、しかめつらしい顔をして言う。



「話したいことが、あるんだけど」



　何かを察知したのか、母は眉をしかめるも、その時は何も言わなかった。

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