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坂田に無理矢理自室に帰らされ、仕方なくベストを脱いでソファに腰掛けた。
隣にかけたベストのポケットから懐中時計を取り出し、後どれ程の時間が残っているのか確認する。
ざっと残り10時間あるか無いか…その程度だろう。十分すぎる。
最近はここに訪れる魂…人の数も減ってきたことだし、そこまで無理をしているつもりは無かったのだが、坂田にはそうは見えていなかったらしい。
まあ、確かにお客様をお迎えした後は料理長、シェフ・ド・キュイジーヌは殆ど不眠不休で動き続ける。
俺達は睡眠や栄養補給等を必要としない身体ではあるが、役職が上がる度に感情の制限が解除され、精神的に安定することを求められる。正直矛盾しているとは思う。
上の立場で他の者を指導し、かつ、魔法を与えられる者の条件として"生きた人間のように感情豊かで無ければならない"というような縛りがあるのだろう、恐らく。
故に訪れるお客様の過去を見る─────ということは人間1人の人生を全て丸ごと飲み込まなければならず、生々しい過去や死の間際まで全てを受け入れなければならない─────という人によっては精神が崩壊しかねない行いを感情や思考の縛りが全て解除された者、料理長がそれを行うのだ。
まるで使い捨ての駒のような扱いである。
この仕事を歴代の料理長がこなしていた事を素直に尊敬する。
正直、逃げ出したくなるような気持ちもわかるのだ。だから、うらたさんが失踪した際に...この役職に就いて、理解はした。
ただ、あの人がその立場を捨てて誰かに押し付けて逃げ出すような人ではないという事を副料理長時代の俺も、感情の制限が全て解除されて私情が乗るようになってしまった今でも、確かに。そう、思うのだ。
精神が磨り減っていく事を、前料理長を俺が尊敬していたように。彼に追いつけるようにと必死に努力することで誤魔化していた。
ただ─────その中で...A、彼女がここにスタッフとして配属されたこと、それに大きな意味があるように思えた。
彼女の名前と、俺の料理をとても美味しそうな顔をして頬張ってくれる、その笑顔。
どこかで見た映画や本の記録、夢や無いはずの記憶等定かでは無いが...懐かしいような、それを見たことがあるような気がした。
センラの懐中時計を彼女に預けたのはそういった...私情、もあったが。
「懐かしいから」と言ったその言葉が、黄金色の髪と瞳を持つ彼が懐中時計を選んで言った理由と、同じだったからだ。
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作者名:#N/A | 作成日時:2021年4月22日 21時