名探偵の婚約者【江戸川乱歩】

31 ページ33

.

目の前で涙を流す彼女は一言で言えば美しかった。泣くことですら美しいのだから、きっと死ぬその瞬間まで彼女は美しいのだろう。

.


彼女と出会ったのはもう六年前になる。当時、暗殺者として暗躍していた僕は殺害依頼を受けた。いつも通りナイフを取り、そして難易度の少し高いポートマフィアへと乗り込む。正直、見つかっても異能力で回避すればいい。

己の力を過信しすぎていた僕は、この日
存在理由に出会う。


「あなたが暗殺者? 」


エリスという少女の殺害依頼をされた僕は彼女を探していた。金髪だからすぐわかると依頼人は言ったのに、金髪がどこにもいない。任務の手のつけようがなかった時、彼女が現れた。

モノクロの給仕服に身を包み、ロングスカートからみえる少しの生足は白くて、死んだ瞳にゾッとした。

異能力で対抗しようとする。
正確にはした。でも、発動はしなかった。


「それ、無しね」


事前に調査していた僕の天敵である太宰治が、僕に触れていたのだから。…かくして僕は敵に捕まった。いつ殺されるのだろうと思っていたけど、一向にその日が来ることは無かった。

しかし、愚かだった僕は殺されると信じていた。食事が来る度に殺されると期待し、退出される度に絶望感を抱いた。早く死にたい。それだけが僕の願いで生きる意味だった。


「ねえ、いつ僕をころすの？」


いつまで経っても殺してくれないことにだんだん苛立ってきた僕はいつも通り食事を運んできた人に対してそう文句を云った。顔も見ないでそう云ったので、相手の顔色は伺えない。相手の返答はしばらくなかった。が、


「そんなに死にたいならポートマフィアに入りなさい。死のために暗躍し、死と隣り合わせ。死んだあとは組織に貢献出来る。最高よ」


どくん、と心の臓が跳ね上がった。その言葉に興奮したからではない。その声の主の美貌に見惚れてしまったのだ。
大して美人な訳では無い。が、人を惹きつける瞳をしている。闇に濡れた瞳に光を見せたら、どれだけ輝くのだろう。きっと、すごく綺麗なんだろうな。と思う

声の主は手を差し伸べて、淡々と無表情で、機械的に云った。


「選択肢を与えましょう。あなたはポートマフィアに入りますか、入りませんか? 答えなければ、殺します」


彼女に殺されるのは、本望だ。
その思いは胸に秘めて、彼女と向き合う。


「…名前は」
「品垣 薫」


.

光に塗れたあなたは美しい
でも、光を与えたのは僕じゃない
その事実に異様に腹が立つ

32→←30

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す