春先になると ページ34
行きつけの喫茶店。ここに来るお客さんはみんな自分の世界にしか興味がなくて、視線を感じることもないから羽を伸ばせる。何より常連の人しかいないのが外界と隔たれてる感じがして好き。
「ごめんね、忙しいのに」
「いいよ。気にしないで」
その常連の一人がこの、阿部亮平って人。
「いつ来てもここは落ち着くね」
「でしょ？ ここは帆乃花にも教えてないの」
「えっ、そうなの？ 」
「一人の時間が欲しい時だってあるでしょ？ 」
元は私がここを待ち合わせ場所として選んだのがきっかけだった。
「じゃ、はじめよっか」
「よろしくお願いします」
今日みたいな「お勉強会」にぴったりな場所を探してるって言ってたから、私が勧めた。阿部ちゃんなら内緒にしてくれるかなぁって思って。
「まずは“ドラクラ・シミア”かな」
「クイズ研究会で問題に出た時に答えられなくて、」
「まー、見た目のインパクトに全部持ってかれるからねぇ。しょうがない」
「あと…あんまり見かけないよね」
「育てるのがすっごい難しいんだよ、この花。庭園とかじゃないと、ちゃんと育ってるのはまず見ないね」
「なんか、意外かも」
「見た目とは裏腹に意外と繊細だよね」
「属名はドラクラ、意味は“小さな龍”とか“双翼の怪物”とか。」
「てっきりドラキュラみたいな響きだから、吸血鬼とかが関係してると思った…」
「そう！ 吸血コウモリに似てるからドラキュラ伯爵にちなんでるとも言われてるの。凄いね、阿部ちゃん。」
「えっ！？ ほんとに？ 」
「同じドラクラ属の花の中には、ドラキュラのモデルとして知られる領主さんの名前からとられてるものもあるんだけど……なんだっけ、」
「あーっと、ヴラド・ツェペシュかな？ 『串刺し公』として有名な、」
「わ〜、流石……そこまで覚えてなかったや」
ただ見た目が本当に怖くて、庭園で見かけた時は思わずビクッてなる。どうしても怖いから、観察するときはうすーく目を開いて一定の距離を保ってるのは許して欲しい。
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作者名：風呂 | 作成日時：2023年1月29日 15時
