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「寒っ」
水道から出る水が、氷のように冷たい。
数本の瓶に水を入れ、栓を締める。
縁側から中庭に身を乗り出すと、吸い込まれそうな紺碧に目を奪われた。
雲ひとつない空に、色とりどりの枯葉が舞い上がる。
今の季節は秋なのだろう。
秋とはこんなにも寒かったのだろうか?
「やっぱり外に出ないとダメかな……」
此処に来て、一度もまだ外へ出ていない。
幕府の手のものが隙を伺っていると考えると、どうしても慎重になってしまうのだ。
襖に手をかけ、覗き込んだ。
「失礼します、土方さん。資料室の鍵を返しに────おや?」
胡座をかく大きな背中。
組を一身に背負った厳格なその姿に、しばし時を忘れた。
権力に踏ん反り返る上層部の連中など腐る程見てきたが……
用を思い出し我に返る。
周囲に散らばる分厚い本や、何かのリストがあることに気がついた。
こちらの物音に気がつかなかったのか、身じろぎひとつしない。
一瞥することなく、長く無骨な指が灰皿の淵で煙草を叩いた。
ミルクのような濃厚な煙が、もつれ合いながら天井へ溶けていく。
邪魔しては悪いかと、襖の隙間を元に戻して、
背後に、気配。
二度も背後を取られるとは。
刀を抜く事がない平凡な屯所暮らしに、本当に身体が鈍ってきたらしい。
息を止めて身体を捻る。
「……沖田さ」
開きかけた口を大きな手の平が覆った。
強めに抑えられ、不平不満は全てくもぐった声になる。
何事だと目で訴えると、沖田さんが自身の口元に人差し指を当てた。
「ちょっと来て欲しいんでさァ」
相手はこちらの答えを聞く気が無いらしく、腕を掴むと襖の前から私を引っ張り出した。
「なんですか」
「んー?」
沖田さんは返事を濁しながら、人気の無い裏庭を分入っていく。
しばらくもしないうちに、屯所の裏側、腐食が激しい木製の扉が姿を表した。
「そういえば沖田さん。お仕事は?」
よくよく思い出したら、沖田さんは今朝に見回りで外へ出て行ったはずである。
何故、屯所に沖田さんがいるのだ。
「サボり」
ボソッと呟き、扉を押し開く。
湿った裏庭に乾いた明るい風が流れ込んだ。
扉の先は、外。
慌てて腕を振りほどくと、沖田さんが不思議そうな顔をした。
「私、外出れませんよ」
「なんでですかィ?」
「そりゃだって、まだ私が捕まる訳には」
「つべこべ言わずに行きやすよ」
沖田さんがジャケットの懐から取り出したのは狐の面。
それを問答無用で被せられ、私は陽光の下へと連れ出されるのであった。
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シヴィル(プロフ) - とっても面白いです!何か理由があって更新できなくなったのかもしれないけど少しずつでいいので進んでみてください。応援しています! (2018年3月27日 16時) (レス) id: 5703f71a40 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:あーたぁさんだぎぃ | 作成日時:2018年1月19日 21時