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走馬灯と蜃気楼 ページ21

私たちの思い出はいくらでもあった。でも無限じゃない。全てが過去のことである限り、それは有限なのだ。二人に未来がないのなら、それは有限なのだ。
この時間も、じきに尽きてしまうのだろう。

ざあっと風が吹いて、京治のいない方の、隣にあるブランコがひとりでに揺れた。先程までの真夏の空は無くて、ほんの少しばかり辺りが暗くなっている気がした。
風が私の心の表面をざら、と舐め上げるように、また強く吹いた。


.



「私、一昨日久しぶりにピアノ触ったの」
思ったよりもずっと指は動いたし、やっぱり楽しくて、また始めようかなって。
私がそう言った時だった。京治はいつも通り、さっきと何にも変わらない顔をしているし、むしろ微笑んでさえ見えるのに、私は何かが変わったとわかった。穏やかな空気が、刹那に揺れて、みるみる温度が下がっていくのを肌で感じる。

禁忌を冒してしまったのかもしれない。

そう不安で胸が張り裂けそうになるすんでのところで、京治が口を開いた。


「いいんじゃない。A、本当に綺麗に弾いたもんね」

どくん、どくん、と心臓の脈打つ音が鼓膜に響く。欲しかったはずの言葉なのに、不穏な空気が私を纏った。

「……うん」

横目に京治が私を向いているのを見た。彼がまた口を開こうとしているのがわかって、思わず目を逸らす。その先は、聞きたくなかった。聞いてはいけない気がした。






「俺は好きだったよ。Aのピアノ」


ガシャガシャと音を立てて、私の中の何かが崩れていく。







「……好きだった、」



静かに、周囲の静寂に溶かすように、目を細めてもう一度京治が言った。
私たちの思い出は、尽きてしまうのだろう。





「Aのこと」

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作者名: | 作成日時:2020年7月2日 23時

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