たとえばこんな ページ5
例えば、定時で終われず少し遅く帰ることになった夜。失敗続きでなにもうまくいかなかった日の夜。
今日はそんな、どことなく寂しくて、誰かと一緒にいたい夜だった。
彼に送ったLINEは未だ既読もつかない。もしついたとしても、素直になれない私は一緒にいたいなんて口が裂けても言えないけど。
＊＊＊
疲れた体をなんとか動かして、バイト先から家までの長い道のりを歩く。まだ火曜日なのに、1週間が始まったばかりなのに、そんなことを考えながらふと見上げた寒空にはオリオン座が光り、とくに理由もないはずの寂しさを助長させる。
深いため息をつき、会いたいなあ…と呟いたが、そんな小さな声ですら人通りの少なくなった夜道では、コンクリートに反響して大きな声に聞こえた。
急に強い風が吹いて私の髪を弄ぶ。
マフラーをしっかりと巻き直し、早く家に帰ろうと足を早めた。
見慣れたアパートに着き、階段を上がる。
3階の方がお日様の光がよく届きやすそうだから、なんて、わけのわからないメルヘンな理由で部屋を選んだツケがこんな疲れた夜にやってくるとは思ってなかった。
最後の1段をなんとか上りきり、やっとの思いで角の自分の部屋にたどり着く。
今日は部屋に入ったらお風呂をためて、その間にさっさとご飯を食べて、あったかくして寝よう。こんな、1人じゃどうしようもできないような寂しい日は早く寝るに限る。
そんなことを考えながら鍵を回すと、ガチャンという音を立てて鍵が開いた。
まず目に入ったのは男物の革靴。
そして、彼だった。
「おかえり」
普段あまり笑わない彼が、目を細めて優しい笑顔を浮かべてる。
コンロの鍋から美味しそうな匂いがする。
空気が暖かい。
1度にたくさんの情報が入ってきて少し混乱した。
なんでいるの？
LINE返してくれなかったじゃん。
ご飯ありがとう。
会いたかった。
言いたいことがありすぎて、うまく口が回らない。
彼がいてくれたことが嬉しくて体が動かない。
彼は、依然靴を脱ごうとしない私のほっぺたを両手で挟み、冷たっと小さく漏らす。
「あがらんの？飯出来てるけど」
彼は、油の切れたロボットみたいにギクシャクした動きで靴を脱いだ私を確認し、リビングに戻ろうとする。
「しょっ…しょっぴくん」
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