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「カーディ」
優しい母の声がして、私はそっちを見た。そこにいたのは母の顔をした何か……化け物としか形容できない何か。長い長い腕と、鋭い刃物みたいな爪。獣じみた四肢で、血で濡れている。けれどそれは母なのだ。優しい笑顔で、私に両の手を広げていた。
「何も怖くはないのよ。さあ、おいで」
私はふらふらそちらに近寄る。
けれど、目が覚める。母は靄のように消え去って、目に映るのは天井だけだ。それは私の家の天井じゃない。年季の入って深みのある色合いの、孤児院の天井。
夢、なのか。窓の外を見るけれど、月明かりがあるだけだ。まだ夜らしい。変な時間に目が覚めてしまった。ため息をつく。まだ母を見ていたかったというのに。
私は喉をさすった。少し喉が渇いたみたいだ。水を飲もうとベッドから降りて、立ち上がり……ふと気が付いた。空のベッドがある。使われていないベッドではなさそうだ。毛布が雑に床に捨てられている。
首を傾げたけど、特に気にしないで私は寝室の扉を開ける。キッチンに続く廊下は静まり返っていて、そこに私のペタペタという足音が響いている。
キッチンに入る。窓から差し込む月の光だけを頼りにキッチンの水桶を覗き込み、柄杓で水を汲んで飲んだ。水面に浮かぶ月が揺れ、ぬるい液体が喉を通っていく。一息に飲み干して、柄杓を元に戻した。木と木がぶつかる軽い音が響く。
キッチンは食堂に繋がっている構造となっている。隔てる扉の向こうは食堂なのだ。その扉は閉じ忘れたのか開けっ放しで、私は何気なく食堂の方を覗き込んだ。
食堂の机の上に何か置いてある。開きっぱなしの本……のようだ。窓からの月の光で辛うじて読む事はできる。どうやら聖書のようだ。開かれているページにはアネヘーの教えを細やかに記している。
死は苦しみではない。死ぬ事で肉体から魂は解放され、アネヘーの御元へと迎えられる。異教徒や悪魔は、聖職者や光輪の信徒が殺す事でアネヘーの御元へと行ける。私はそれだけ読んで、聖書を閉じた。
母の魂は、アネヘーの御元に迎えられたのだろうか。
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