風吹いて ページ4
本丸は驚くほど綺麗だった。
磨き上げられた床が陽の光を浴びてつやつやと輝き、どこも傷んでいない畳からは少し青い匂いがする。
台所、大広間、道場、刀剣男士たちの部屋、厩、畑、洗濯場。
三日月に連れられて本丸を見て廻った。その所々で出会う刀剣男士たちに挨拶をすると、女であることに驚きながらも優しく迎え入れてくれた。
ーーいい人たちだ
安心しつつ、受け入れてもらえたことが嬉しくて頬が緩んだ。
「笑ったか」
前を歩いていた三日月がいつの間にか早音の顔を覗き込んでいた。
三日月の浮かぶ瞳は慈愛に満ちていて、それはまるで、
「……お父上様みたい」
人ではない早音にそんな存在はいないが、いたならばきっとこのような視線を注いでくれるのではないだろうか。
「ははは、父か。俺は古いからな、じじいの方がしっくりくるのだが」
ーーいや、見えない。じじいになんて見えない。
早音は軽い戸惑いを見せたが、あれ？と首を傾げた。
「古さで言うなら私も結構古いですよ？私は源九郎義経様のご依頼で打たれた刀ですから、三日月様とは一世紀と少しくらいしか違わないんです」
「あなや、そうかそうか。では父と呼んでも構わんぞ」
よきかなよきかな、と三日月が朗らかに笑った。
三日月は、用事があるから、と一通り案内した後早音と別れた。
慣れない場所で一人残されて、早音はどうしようかと悩んだ。やって来たばかりで、あまりズカズカと歩き廻るのは行儀がよろしくないだろう。
取り敢えず、自分にあてがわれた部屋へ行こうとしたその時、屋根の上に何かが転がっているのを見つけた。
右手にある倉庫の中にあった木の梯子を使って屋根を覗いて、あっ と声を上げた。
ーーこれって確か、鞠
誰かが遊んで失くしてしまったんだろう。
誰の物かか聞いて返してあげなければと思い、梯子を降りようとした。
が、足がつるりと滑って体が梯子から離れてしまった。
ーー落ちるっっ
恐怖に身を縮ませて、手の中の鞠を握り締めた。自分の体が地面に叩きつけられる様子が脳裏を掠めた。
落ちても死にはしない高さだが、相当な痛さはある筈だ。
きゅっと唇をひき結んで、息を詰めた瞬間、
誰かに優しく、しかし力強く受け止められるのを感じた。
恐る恐る目を開けると見開かれた翡翠色の瞳がこちらを見つめていた。風が吹くと彼がかぶっている布が揺れて、金糸の髪が躍った。
彼が口を開いて
「…お前は誰だ」
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作者名：葵 | 作成日時：2018年4月16日 19時
