【歌い手】＿きみのいろ＿#10【ROC】

454話 ページ46

きれいなピアノの音がして、目を覚ます。

(きれー…)

なんだっけ、これ
聴いたことあるなぁ、クラシックなんて音楽の授業で聴かされるのくらいしか知らないのに

そのうち意識がはっきりしてきて
でも、気持ちがよかったのでそのまま動かず、耳を澄ました。

もちろんその頃には、ピアノを弾いているのが誰なのか、とっくにわかっていたけど。

大きなＬ字型ソファを贅沢にもひとりで占領し、仰向けで眠っていたのだ。
僕としんさんはお風呂のあと、別に話をするでもなく、ケータイをいじっていて

Ｓ「…なぁいぶ」
Ｅ「はい?」
Ｓ「お前けけのことどう思う」
Ｅ「え、どうって?」

ゲームしていたのを、画面から顔をあげてしんさんの方を見るも、向こうの視線はこっちには向かなかった。

Ｓ「んあー…悪ぃ、なんでもない」
Ｅ「??」

だいたい変なんだ、お風呂いきましょって言った時から
ずっとぼーっとしてんだもん

正直どうしたらいいのかわからなかったので、下でテレビ見ますね、と部屋を出た。
一応「しんさんも行きます?」とは訊いた。
もちろん、断られるのはわかっていたので、つまりは本当に社交辞令で、だ。


ピアノの音が止んだ。


『…ごめんねぇ。』

先輩の声。何に謝ってるんだろう。まさかピアノに?

結局僕は、僕がいることをA先輩に知らせるために、小さく拍手をした。
「わっ誰!?」、あわてた声。ごめん先輩、また僕です

まだ頭の中に、ピアノの音が静かに鳴っている。

体をよいしょと起こし、背もたれ越しに目が合うと、先輩が「やっぱりかー」って笑う。

Ｅ「ごめんなさい先輩」
『ううん、いいの。誰もいないと思ったからさ。いぶくんでよかったよ』

(うわ、ぁ)

“きゅん”って心臓のところで音がしたみたいだった
こんなふうに面と向かって言われたのは久しぶりで、うっかり単純にときめいてしまう

僕でよかっただなんて、僕が期待するような意味の方じゃないのはわかっているのに

『そっち座ってもいい?』
Ｅ「あ、う、うん…」

夏合宿のときと別の人に聴かれたのではなく
同じ人だったということに、A先輩は安心してああ言っただけなのだ

(また敬語抜けちゃったな)

僕の隣に、しかも思っていた以上に近くに座って
横目に先輩の髪がまだ乾ききっていないのを見たら、ますます顔が熱くなった。


『いぶくんはさ、けけさんのこと怖いと思ったことある?』


ちょっと迷ってから、ありますよ、と答える。
たちまち浮かれた気持ちがしぼんでいった。

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