【文スト】君は要らない【太宰治】

過去こそ枷 ページ19

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擂鉢街というのは、有り体に云って『貧民街』を表す。へこんだ地形故の呼び名だが、そこへ向かうのは何か後ろめたいことをした輩の類だ。しかし、金持ちが割と居たりする。

「やっぱり、内緒の取り引きにはもってこいだねぇ。ね、与謝野さん」
「乱歩さん……そんなことをのうのうと云わないでくれよ」

新しい棒付きキャンディを開けるも、乱歩は何か気になったように何処かをぼうっと眺めていた。与謝野女医も訝しげにそこらを見るが、何も無い。

唐突に、物音がした。

真後ろからの奇襲であり、完全な死角からの素早い攻撃。敵意も殺意も隠されたその一撃に、ワンテンポ遅れて与謝野女医はそちらを見る。

依頼の野犬で間違いないようだ。

どうやら野犬は乱歩を狙っているらしい、与謝野女医の横をすり抜ける。跳躍力に与謝野女医は目をむくが、今はそれどころじゃない。

「乱歩さん！！！」
「あはは、チェックメイト。簡単だったねぇ」

へこんだ地形の上から、いっとう大きな岩石が転がり落ちて、野犬の上にのしかかる。乱歩は満足そうにキャンディを舐めた。

「さ、帰ろう与謝野さん」
「でも、野犬……は……ン？」

与謝野の疑問符に、乱歩もそちらを見る。岩にしかれた野犬＿＿と思われた少女。否、危害を加えられて尚唸り続ける彼女はヒトであるのだろうか。

しかし、唸り声を聞いていると途端に眠気が襲い来る。体力の消耗により効果が目減りしているのだろうが、これで目星がついた。

「野犬……ねぇ」

ぽつりと乱歩が云った。

これが、Aと探偵社の出会いである。

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