5章 一人の軍人の記憶〈７話〉 ページ43
そこには見慣れた荒野が広がっていた。乾いた地面に岩が幾つか転がっているだけの、どこにでもある国外の風景である。ここにもかつては深緑が広がり、太陽が彼らを照らし、生物は輪廻の輪に沿って正しく生き、そして生を全うしていたのだろう。
しかし今や緑の面影はとうの昔に姿を消し、太陽は汚染された大気に隠された。
生物というと、足がなくぐにぐに蠢く虫、または群れて人の肉をよく貪っている甲虫、岩の一つにもたれかかり、項垂れる若い女である。
ティーは女に近付いた。カリンカだ。
カリンカの顔はやつれて蒼白だった。顔に掛かる髪は血や砂で固まり、ぼさぼさでもうしばらくは手を付けていない様子である。解かせば以前より長い筈だ。
着ている軍服の外套のボタンは既になく、腕章、肩章の類も消失している。至る所に血に泥にと付着し、色褪せ、ほつれて切れて、ぼろぼろの状態だった。それは彼女の精神状態を言葉なくも雄弁に語っていた。
見開かれた生気のない目や開けっ放しの口からは静かに止めどなく、とくとくと血が流れだしていた。
「い……や……いたい……くる……し」
呟く声はかすれ、冷たい風と共に大気に帰す。
カリンカは、戦場で死ねなかった。
沢山別れ、沢山失くした。
酷い迫害も受けた。
挙句激痛の中暴れ回り、最後には憎まれながら殺される。彼女だけではない。歯車を持つ人間は皆そういう人生を送る。それ以外、方法がない。運命である。
カリンカは血に涙を混ぜ、誰にともなく問う。
「……私が、何したっていうの……ふつうに生きて……ふつうにしにたかっ……だけな、のに……あそんで、恋して、しずかに……死にたくて……それだけ……だっ、た、」
そしてカリンカは目を閉じ、記憶は終わった。暗くなった世界の中で、ティーの脳裏で「殺してくれてありがとう」という幸せそうで静かな声が響いていた。
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弧瑠十 奏(プロフ) - 00さん» コメントありがとうございます！そう言っていただけると頑張れます。これからも是非ともよろしくお願いいたします！ (2022年6月4日 18時) (
レス) id: 886c7552f3 (このIDを非表示/違反報告)
00 - コメント失礼します。とても面白かったです！本当にお話を書くのがお上手ですね。パート2も楽しみにしています!! (2022年6月4日 11時) (レス) @page46 id: 4683564af1 (このIDを非表示/違反報告)
弧瑠十 奏(プロフ) - 更新かなり遅くなりました。申し訳ございません。 (2021年11月30日 6時) (レス) id: 886c7552f3 (このIDを非表示/違反報告)
はちみつあめ(プロフ) - 検定頑張ってください (2020年10月26日 8時) (レス) id: f82d3976b3 (このIDを非表示/違反報告)
ソウ(プロフ) - 白夜の世界さん» 有り難う御座います！とても嬉しい御言葉です。これからも、頑張ります。 (2020年6月9日 16時) (レス) id: a9c96849d7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：弧瑠十 奏 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/aaaD
作成日時：2020年2月25日 21時
