あふれてしまう、そのまえに。〜6〜

How to fight AYANO. ページ9

『非常識です。早く立ち去りなさい。警察を呼びますよ。』



前に立ちはだかるSPの威圧的な声。
この忠告は決して冗談では無い事も、この日本からの刺客は重々承知している。


ー 退けるものか、
この時をどれだけ待っていたか。ー



そう思えば、エレベーターに向かうその背中に向けて声を張る。


『次期社長、あなたに直接聞いて欲しいのです、』


そして、続ける。



「日本は、好きですか？」



不意に放たれた日本語に



すう、と
その綺麗な瞳が初めて向けられる。



「日本語、分かりますよね。私は日本から来ました、日本人です。」


堂々と日本語で話すこの訪問客の腕を
SPが掴み上げた瞬間



『離して。仕事の相手だよ？』



その涼しげな綺麗な顔から
SPより圧のある声が放たれる。


腕を離してもらい、長い髪を耳にかけてから
SPに軽く舌打ちする。


グレーのスーツ姿の次期社長、が
ふっと笑う。


『1人で乗り込む人、初めて見ました。』


そして、


「にほん、とても、すきです。」


ゆっくり続けたのは日本語。


その返事を待っていた訪問客は


「もう今更な話なのは分かった上で。

アメリカに出す前に、日本展開しませんか。
日本に、来ませんか。」


そう言い、真っ直ぐに強い眼差しを向ける。


その眼差しに目を背けること無く
次期社長はほんの少しだけ息を吐き

うん、と頷く。


『それ、幸せな話ですね。』



そしてまるで見本の様な端正な笑顔を作り



『アメリカに出すのは、この会社の未来の為でもありますが
その前にもう沢山の現地の社員達が待っています。

その人達の人生を狂わすことは出来ません。』



まるでマニュアルを読む様に
そう自分に言い聞かせるように話す。


SPの1人が耳元で何か囁き、それに軽く頷く。




「じゃあ、日本であなたを待つ人はどうなるの？」



ロビーを行き交う人が遠目でちらちらと見ている。


何を話しているのかは分からないとは思うが

次期社長を捕まえて
こんな話をこんな場所でするとは。
浅はかで滑稽極まりない、と思う。


しかし、止まらなかった。



「あの子には、あなたの変わりはいないのよ。」



次期社長が、ああ、と何かを納得し
もう一度、この訪問客に向き直る。



「ぼくのほうが、ずっと、そうです。

でも


Aちゃんには、いろんなこと、あきらめてほしくない。」



そう言って微笑む。



「また、にほんであいましょう、


" あやの "さん？」


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