あふれてしまう、そのまえに。〜6〜

待ち人は、来ない。 ページ20

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「着いた、よね？」


1人呟く声は街中の喧騒にかき消される。


携帯と、ガイドブックを両の手に持ち、
定まらぬ視線で足を進める。



韓国滞在、最終日。

Aは今、大邱にいる。

テヒョンくんの生まれた故郷だ。



" 1人で行くの？無謀にも程があるわ。"


昨晩戻ったソウルのホテルにて、案の定のあやのの台詞。

しかし
釜山からご丁寧にホテルまで送ってくれたジミンくんが帰路の途中、
大邱の安全な観光コースなるものを教えてくれたこと、


何より、何が何でも行くんだというAに
半ば諦めたように送り出してくれた。


ソウルから高速鉄道で2時間弱。


駅に降り立ち、
暫く歩き壁一面に施されたアートを眺める。


ソウルや釜山に比べると観光客らしき人はあまりいない様に見える。


そして歩きながらまず気付いたのは、
カフェが多いなということ。


至る所からコーヒーの香りがする。
あのコーヒー店ミモザから香るものより、少し強く主張する香り。


この道をよく歩いていたのかな、
この景色を見ながら過ごしていたのかな、
なんて、Aは馳せる思いが止まらない。


テヒョンくんの、まるで足跡を辿っているかのよう。
初めて来たのに懐かしく感じる。


好きな芸能人の故郷や映画の聖地巡りをする人の気持ちを、
今初めて知った様な
そんな不思議な感覚にAはふっと笑みがこぼれる。


わっ、とテヒョンくんが現れるわけも無いのに
何処か浮き足立つのは何故だろう。


ふと目に入った、白い壁の立派なカフェ。
表に出された看板にハングルと日本語が書いてある。


「珈琲名家…。」


店の名前を呟き、店内に入る。
男性の店員さんに案内されるがまま2階へ上がり
窓際のカウンター席に腰掛ける。


出されたメニュー表は看板同様に日本語も表記してあり、Aは幾分かほっとする。


ココアは無い。
日本語を指差しアイスカフェオレを頼んだ。


今まで感じないようにしていた緊張感から少し解かれて、ふうと息を吐き、Aは窓から外を眺める。



道路を挟んで向こう、聖堂がある。



ー 12じごろ、ケサンソンダンにいくといいよ。ー



大邱の観光コースを説明し終えたジミンくんが
最後に付け加えた台詞を思い出す。


ケサンソンダン(桂山聖堂)は韓国の3大聖堂のひとつ、なのだそう。


肩からかけたバッグから携帯を出すともうすぐ11時。


時間の指定は謎のまま、
Aは運ばれてきたカフェオレのストローを手にした。

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