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息 ページ19
長い長いため息の音が部屋に満ちた。肺が動く音だった。どうしても、陸で生きる者の音だった。
「その調子だと、読み終えたのかな？」
「綾部さんはこれ、読み終わってたんですか？」
紙束から顔を上げた彼女の顔は、どこか忌々し気だった。いや、と史は首を振る。じゃあ答えありましたよ、と日芽は紙束を少し乱雑に史の机に置く。
『もしあなたの周囲に、海を知らない人間に海を教えてやりたいと悩んでいる人がいたら、こう伝えてください』
「海なんか分からんでも読めましたよ。読んでから聞いてください」
静謐な空気を醸し出す文字列が続く中に、数行、筆圧の強い部分があった。ふうん、と史は開かれたページの、その部分を見る。
『しょっぱい水が視界いっぱいに広がっている。これだけで充分だと思いますが』
沈んでいくはずだった。潜って行くはずだった。けれどそこで急に引き戻された。海って、どんな場所？ 彼女にそう問うたのは、いつかの友人ではなく、どうしたって、目の前にいる綾部史であった。どれだけこの文章に共感しようとも、この文章を書いたのは日芽ではなく。この文章で死んだのも日芽の友人ではなく。
『空を見てください。海は天と等しい。……例えば、空が青ければ海も青くなる。夕焼けなら海も赤い。そして、還る、という点でも』
そしていま日芽はどうしようもなく、息をしていた。
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