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蜘蛛の糸、二十三本目 ページ25




その夜は、凍りつくような月が空に浮かんでおりました。
銀河の星々も消え消えにかがやきながら、私たちを遠い空から見守っております。

それだけ沢山の光が霞んで、蕩けて。
血も骨も解らないぐらいになった身体から生まれた、地面の血溜まりに映り込んでいました。

良い月です。
美しい星空です。
―――ここにどんな美酒があれども、酔える気はしませんが。

血の池に浮かんだお月様で月見酒を愉しむような鬼は、喩え地獄であっても、羅生門を住処にしていた京の鬼神ぐらいなものです。

「些か喰い過ぎた」

血の池で祭り囃していた常闇の鬼神らも、亡者の腹からのぞく赤を、酒の肴に致しますまい。

「みろ、お前が寝ている間に片付いた」

龍之介は、親友を嬲り殺した男共の血に染まりながら、ひどく歪な笑みを浮かべておりました。


「………戦場の中央で同道と“くちきかん“、か。良い、度胸だ」


それが泣き方を知らない子供の、精一杯の涙なのでしょう。

彼が亡くしたのは、一番のお友達でした。
龍之介に賭け事と、親の愛情と、妹の愛し方を教えてくれた親友。
龍之介の力を才能だと褒め称え、心から慕っている兄貴分だったのです。


(かん)の逝く先は。極楽浄土か、地獄か」

「…………きちんと弔って差し上げるんですよ。そうしたら又、輪廻の道に戻ってこれます」

「輪廻の道に戻れば、また、逢えるのか」








また一つ、小さなお墓ができました。

少しずつ命を落としていく仲間達の生きた証が、順番に積み重なっていきます。

「蜘蛛の寿命」

寛の墓を前に、龍之介は虚な目を少しも私に向けることなく、独り言のように言いました。

「あとどれ程残っている」

私は、答える訳にはいきませんでした。
あと数日か、明日のことか。

私のような蜘蛛が冬を越して生きることは早々ありません。

寛がいたなら、きっと傷つけずに彼を諭すことができたのかもしれませんが、彼はもう、生きているものと口を聞くことができません。

「……寿命は仏の神様だけが気にしておけば良いのです。私たちがいかように定められた残りの時を知ろうとしても、それを知る術はありません」

龍之介の隣で背中をさすっていた銀は「見回りに行くね」と声をかけて立ち行きます。
時間を作ってくれたのだと、私にはすぐにわかりました。

沈黙が積もってゆきます。

まるで、いま、お月様の下にいるのは私たちだけのようでした。

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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時

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