蜘蛛の糸、二十二本目 ページ24
◆
次の日目を覚ますと、高い高いお日様が登っておりました。
龍之介の落とす水滴すらも感じられなくなるほど、睡魔の搦め手が巧みになっている証拠です。
私は水で死んだ女ですから、人の頃より千年と経った今でも、
水の気配には敏感でありますのに。
私が目を覚ますと 沢山の本を角においやったまま 、紙面には目もくれずに、瓶を覗き込んでいる龍之介と目が合いました。
「荒絹、おい」
彼の少しだけ焦ったような声を不安に思い、勤めていつものように挨拶をし返すと、何日も水を絶ったような震えた声で言いました。
「………………あまり、脅かすな」
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……彼の友人の一人が、雪の寒さに連れていかれてしまったとわかったのは、
それから 妹さんの大きな泣き声が聞こえてからのことでした。
誰が亡くなってしまったのか。
それを訪ねようとしたところで
蜘蛛の絵を折りたたんで、懐にしまい込んだ龍之介を見て、私は何も言えなくなりました。
「(どうしてあの子のような優しい子供から、命をとろうとするのですか)」
その時私は、超然たる輪廻の傍観者から、俗的に生き死にを憂う人の心を思い出してしまったのです。
ありもせぬ瞼に、涙がたまりました。
溜まって溜まって、溢れました。
彼らに、生きていてほしいと思いました。
強く強く、願いました。
天寿をまっとうして天へと登って行く時も、どうか安らかであって欲しいと、強く強く願うようになったのです。
彼らが地獄へ墜ちてゆくようなことがあれば、蜘蛛糸を永遠に垂れ下げて、彼らを掬い上げたいとすら願いました。
それがかなうなら、私は一生蜘蛛のままでも、滅法構いませんでした。
それからも龍之介は いくつかの物語を語りました。
心なき狗だと笑われるほどに滑稽で、残酷な話も多く語りましたが、
時には空気さえ澄むような優しい物語を紡ぎました。
…彼が幸せな話を物語る時は、決まって誰かを見送らねばならない夜でした。
そういう夜には、明るい明るいお話の他に、龍之介は何も語りませんでした。
◆
【注】
朝遊北海暮蒼梧
袖裡青蛇膽氣粗
三醉岳陽人不識
朗吟飛過洞庭湖
この漢詩は、『杜子春』の元になった『杜子春伝』にはなく、呂洞賓の作であったものを芥川が獺祭(引用)したものとされています。
ですが今回は便宜上、芥川君が杜子春伝に載っていた漢詩を読み下したという設定でやらせてもらっております。
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時