菩提樹下の逍遥《四》【文IスIト】

王侯の椅子にこしかけ、男は笑う《上》 ページ15

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鴎外はゆったりと珈琲を楽しんでいた。診察室には、少女の明るい声が愉快に響いた。


「ねー、リンタロウ。良い人のマネ、そろそろやめたら？ゆるしてあげる、なんてガラじゃないくせに。カオルがかわいそうよ！ぜんぶじぶんのせいだとおもってるわ」

「でもねぇ、エリスちゃん。心に病気が無かったら、精神汚染に影響されたりしないんだよ？」

「キョーゴクにぜんぶ教えちゃったくせに」

うらみがましく睨むエリスに、鴎外は毒を隠さずに微笑んだ。

「あの子をおかしくしたのも、ぜんぶわざとでしょ。もうすぐアンゴやジョウノが助けに来ちゃうからって、いそぎすぎよ」


この事実を足立少年は知らない。

本当に、すんでの所だったのだ。

眼を覚ましてから数日絶てば、猟犬部隊が特務課の権限を借りて乗り込み、足立少年の救出をおこなう手筈だったのである。


坂口安吾は少年の腹を撃ち、その瞬間から、救出することを決意した。

子供たち、洋食屋の親爺、そして親友。これ以上、自分のかけがえのないものを失いたくは無かったのだろう。

その日から計画を立て、病室から移動させるために闇瓦と手を組み、作戦の日の目が出る瞬間を待ち続けていた。


同様に、少年が家族を失い、誘拐された瞬間から、今の今まで助けることをあきらめなかった青年がいた。

少年の幼馴染であり、同郷の子弟。条野伝平。近頃は元服して『採菊』と名を変えただけではなく、身体強化の実験体になることを真っ先に引き受け、情報をかき集めるために尋問部隊に志願したという。

失われていた緒方のテクノロシー。異能技師による身体強化の代償は計り知れず、失明にまで及んだというが、何を犠牲にしてでもマフィアへの復讐の手を緩める気はなかったのだろう。

猟犬部隊、そして内務省異能特務課。

正義は決して、少年を見捨ててはいなかった。
その伸ばした手を、あろうことか、少年自ら突き飛ばしてしまったのである。

そのように仕向けた男はことさらゆっくりと、唇を引いた。


「あと少しで、光のある世界に帰れたのにねぇ。恨みなんて抱えるものではないよ。本当に」


ほんの少しの誤解が、全てを決定づけた。

世界が自分を見放したという、悲しい悲しい誤解。

正義とは、そんなにも残酷なものではないと知っていたからこそ、鴎外は少年から目を覆って見せた。決してその眼が、光を映すことがないように。


「心配しなくても彼はもう、こちらの人間だ。現に人を斬る世界に絶望しなくなったじゃあないか」

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