菩提樹下の逍遥《参》【文/ス/ト】

【奈落】《上》 ページ9

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どこかで、泣いてる子がいる。


酷く泣いてる。喉が裂けちゃいそうだ。


どうしちゃったの、


言わなきゃわかんないよ。


お腹すいたの。


どっか、痛いのかな。


また喧嘩したのか…？


それとも宿題がわからない？


「いま、いくよ」


自然と漏れた声が 泣いた子供の嗚咽みたいだった。


俺が泣いている？


嘘だろう。 親が死んだ時だって泣けやしない化け物の癖に。


生きる為に恨みを棄てた、化け物の癖に。


手を顔に当てると、透明の雫が降りかかっていた。


溢れた、点滴。


それが遠い昔 小さな頃に怖い夢を見て泣いてしまった時のように、水滴が頬をたくさん伝っていた。


零れた点滴がぽろぽろ流れているのに、頬を伝っていく感覚がない。


暑くない。


寒くない。


痛くない。


苦しくない。


ただ息を吸って、吐いているだけ。
泣いてる子供が何処かにいるのに。


俺は何にもしないのか。
…何も、できない、なんてことはあるのかな。


でも、どうしてだろう。すごく、楽だ。


ずっと おなかがいたいし、かなしくて、つらくて、ゆるせなくて、だからおれは、


「何も考えんのは、楽じゃろうて」


とても懐かしい声がする。


ずっとずっと小さな頃、記憶のかすみがかかるほどの昔に 聞き覚えのある…


「だが、思考せぬは人に非ず。思案し己の心に問いかけ、行動を起こさんと欲する処までが人間という生物に充てられた特権じゃ。そうは思わんか。ん？」


考える……かんがえる、べき、こと？


どうして、子供は泣いてるのか？


なぜ俺は その子供の名前を知っているのか？


「……かつみ、ゆう」


名前を口にすれば、どんどん なにかがたまっていくようだ。


「さくら、……しんじ、」


俺を傷つけてやりたい何かが、俺の人生を貫く悪い化け物が、ずっと暴れている。


「なぜ子をあやそうとする？」


どうしてなんて。そんなのは決まっている。


「ないてる、じゃないか。きこえないの」


泣いてるんだ。助けてって泣いている。


痛いの？
苦しい、怖い？


「儂には聞こえんな。だがまぁ、これだけは良く判る。……よぉくこの声を聞いてみなさい。きこえるのは、『助けて』だけじゃぁないじゃろう？」

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