こんにちは、赤の他人様《伍》 ページ20
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「お前さん、俺と会うたびに『彼は足立一之なのか』なんて考えたことある?」
千代は尾崎さんの衣服を纏ったまま、遊ぶように問いかけた。
「俺を認識するとき、生き物、二足歩行の哺乳類、性別はオス、霊長類のニンゲン、個体としての名前はアダチカズユキ、漢字は……。なんて順番には考えないだろ。
俺は足立一之。いや、お前は俺を見た瞬間『お千代』だと認識する。個体名すらすっ飛ばして、俺を俺だと見るわけだ」
「―――――。」
「重複した情報は切り捨てて見る。だが、もしも切り捨てた情報の中に、誤認が混ざっていたとしたら……?なんて、改めて考えもしなかったか?」
「……ああ」
お手上げだ。その通りだと言う他ない。
『この尾崎紅葉は本物か。』それを考える隙間など一ミリたりともなかった。
「それじゃ、気がついてたのは稲生だけか? 呆れた組織だな。素人の演技と変装に騙されないでくれよ」
「素人なものか。姿形どころか、声まで女に寄せるなど人間業ではない」
途端、千代は寂しく眉を垂れた。
「……寄せてなんかないよ」
「なに、」
「地声だもの」
響いた声が、幾分高く、少女のようだった。
まだ声変わりをしていない子供そのものだ。
どうしてこんなカラクリも見抜けなかったの?と意地悪く責める瞳が、僕の目を捉えて離さなかった。
見抜いて欲しがっていたのか。
あれだけ巧妙に嘘をつく癖に。
隠れん坊で見つけられなかった子供のようだ。
それから、千代は悪戯に成功した子供のように微笑んだ。手に握った刀さえ血を滴らせていなければ、あどけない七五三だ。
「驚いたって顔だなぁ。声、随分女じみてるだろ。隠してた甲斐があった! 芥川と話すときは随分頑張ってたんだぜ」
「それはとんだ杞憂だったな。僕はお前の声を笑わぬ」
「知ってるよ。そんなことは関係ねぇ。聞かれたくなかっただけだ」
ふと、この男の笑みに、貧民街で横行していた「暴力」の影がよぎった。
それは知る限りでは嬲り殺すことの次に、残酷な暴力だ。力のない女も、幼い男も、関係なく、その暴力にさらされていた。
映画の
狭く暗い空間や、不浄に沸く虫――ゴキブリを異常に怖がること。
扱いきれないぐらいに伸びた髪を切り落とす気がないこと。
その全てが、千代助がこれまでに受けてきた暴力の種類を物語っているようだった。
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アバンギャルド・マボ(プロフ) - 更生したかに思えた先の人生でも不幸は続いて。最終的に彼は。…………という暗喩です笑笑笑笑笑笑 足立が人を初めて切った例の事件では15歳だったので、この凄惨な小説と映画を思い出さずにはいられませんでした。 (どちらかというと映画版を思い出しております。) (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 姫歌さん!その通りです笑笑 キューブリックによって映像化もされた、あのやべえ小説の題名をお借りしています。時計仕掛けのオレンジの主人公は、15歳の少年でしたよね。彼は非行に走って、暴力の一切を怯え嫌うようになるほどのトラウマを刑務所で植え付けられ、 (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
姫歌(プロフ) - コメント失礼します。時計仕掛けのオレンジとはアントニイ・バージェス著の時計仕掛けのオレンジでしょうか? (2019年9月9日 16時) (レス) id: d8a4d97043 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 南雲藍琉さん» コメントありがとうございます!! 忙しい中読んでくださって本当に有難う御座います…色々重く受け止めないでくださいお願いします(真顔 続きができました!長い話になっちゃいましたが、のんびりとお付き合いください笑笑 (2018年7月8日 15時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
南雲藍琉(プロフ) - ここ最近は2週連続検定やらテストやらで時間が取れず、読み込むことが出来ないためコメントは控えていたのですが、そのために作者様に誤解を生む結果になっていたのなら申し訳ありません。足立くんの話は更新される度読んでいますし、これからも楽しみに待ってます。 (2018年7月7日 14時) (レス) id: 2e644448cf (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2018年3月11日 18時