＊ ページ17
『俺は』
それを思い出して後悔した。よりにもよって、あいつがこんなタイミングで手紙なんか届けてくるから。ただの紙だったくせに、文字を書けば手紙になる。ただの穴だったくせに、思い出したらどうにも痛くなる。
『俺はお前らがいなかったらきっと生きるのやめてたよ ありがと ごめん』
ヒラクが、別れ際に急に押し付けてきた手紙だ。文面を見なくても、一言一句正確に思い出せてしまう。覚える努力すら必要としないくらい短い手紙。
この手紙の真意は、協会側についてみれば分かる、というのは傲慢かもしれないが――多少なりともこの罪悪感は薄まるものだと思っていた。しかし、一向にそんな気配はなかった。
それより驚いたのは、連合の者が誰一人としてヒラクの話をしないことだった。教育場では、その振る舞いでも、能力でも、才能でもとにかく話題に上がっていたから。
考えてみれば当然のことだった。自分だって、話題に挙げるどころか、もう名前すら思い出せない人物が何人いることか。だって仕方ない。日々新たな出会いがあるし、新たな別れがある。いつかは割り切らないと、生きていけない。
けれど、だからこそあの手紙は邪魔だった。忘れさせてほしい。割り切らせてほしい。だからしばらく風化するまで捨て置いたのだが、一向にそうなる気配がない。死んでも存在感だけは人一倍だった。
ならば、そろそろ正面から紐解いてみる頃合いかもしれない。ヒラクの話をする奴はいなかった、と思ったが一人いた。俺より長い時間ヒラクと一緒にいて、俺と同じくらいヒラクのことを分かっている奴が。何となく落ち着いてきた気がしたので、もう一度ピアスを付け直す。金属のひんやりした感じが心地よかった。
そして、いま届いたばかりの手紙も持ってテーブルについた。聴きたいことがある。自分の問いの答えを、案外あいつはあっさりと持っているかもしれない。話したいことがある。――別に、あいつの悩みを自分が解決できるとは思わない。ただ、話したい、というだけだ。
とりあえず、一言目は。
「自分で届けに来いよ」
一つ目の折り目を、ゆっくりとひらく。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
