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「どう見る、って言われても……」
ロスティスラーフは頬を搔きながら視線を手紙からそらした。風森ヒナギクさんに会ったことはないし、「資料」というからにはきっともうこの世にいないのだろう。だから当然、この手紙の宛先はロスティスラーフではない。史でもなければ、朝陽でもない。これから先他の人の目に触れるとして、そのどの目が向ける視線も、この手紙を書いた人が望んだものではないのだ。
手紙というのは便箋に書かれたうえで、封筒に入れて送られる形式がほとんどだ。この手紙もきっとそうだったのだろう。封筒の封を開けていいのは、宛先の人だけ。便箋の文字を読んでいいのは、望まれた人だけ。
だから、こうして「誰か」のために書かれた文字を、「誰か」でない自分が読むのはひどく乱暴な気がして、居心地が悪かった。
「こういうのは気が進まないかな？」
答えあぐねていたロスティスラーフに対し、史は語りかけた。うん、とロスティスラーフは返す。じゃあこう聞き方を変えよう、と史は続けた。
「実はね、この手紙は宛先がないんだ。封筒には何も書かれていない。手紙、という形式は届ける相手あってのものだ。わざわざ俺が講釈を垂れる必要もないかもしれないが、手紙という形式は、書く『私』と、宛先の『あなた』を必須とする。けれど、これにはそれが欠けている」
もちろん、と史は言葉を継ぐ。
「これは手紙ではない、と解釈することも可能だ。架空の友人に語り掛けるように書かれた日記もあるし、書簡体という小説の形態もあるし。この手紙も、もしかしたら手紙の形をとった日記、あるいは芸術作品かもしれない」
「それは違うと思う」
それはいわゆる勘に過ぎなかった。けれど、それに突き動かされて思わず口をはさんだロスティスラーフに、史は嬉しそうに目を細める。
「俺もそう思うよ。……この人物にとって最も幸せなのは、手紙がその死と共に失われてしまうことだったかもしれない。こうして覗き見されてしまうんだから。けれど、俺たち後世の者にとってはそうではない。少しでもこの世界を理解する手がかりになる。何が彼らと同じで、何が違うのか。そして、ロスティスラーフくん、君は……」
手紙を優しい視線で眺めた後、彼はロスティスラーフの目を正面から見た。
「きっと当時は届かなかったであろうこの手紙を、届けたいと思い始めているんじゃないか？」
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