その時 ページ30
「伊野尾ー、ビール買ってきたから冷蔵庫入れとくぞー。」
そう言うと、俺の返事も待たずに勝手に冷蔵庫を開ける薮。
相変わらず自分家のように振る舞うやつだな、と、もう慣れてしまった薮の行動をただただ目線で追う。
「ん？伊野尾、誰か来てたのか？」
冷蔵庫へビールを入れながら薮が問う。
「へ？」
「いや、飲みかけのコーラ。冷蔵庫に入ってんだけど、伊野尾ってコーラあんま飲まなくね？」
「えっ....と、うん、まあ.......来てたっていうか.......。」
「結子？もコーラ飲んでるとこ見たことねーしなぁ。」
ちょうどいいタイミングなのかもしれない。
これを逃したら、きっと言い出し難くなる。
「えっと.....。あの......、二人とも....、ちょっとここ座ってくれない？」
ダイニングテーブルの椅子を指差して、その向かいに俺は座る。
「え？何、伊野尾くん。なんか、あったの？」
優しい高木は、すごく心配そうに俺の顔を伺いながら座る。
「...前言ってた、話したいこと、か？」
ふにゃふにゃ笑ってた薮も、スッと真面目な顔つきに変わって座る。
「あ、うんまあ....。あ、取り敢えず...お茶出すね。」
コポコポと心地いい音がシンと静まったダイニングに響いている。
俺自身、緊張で喉がカラカラだったのもあり、落ち着くためにも温かいお茶を三つ用意して其々の前に「どうぞ。」と置く。
「ありがと、伊野尾くん。」
緊張がバレたのか、高木は俺に向かって飛び切り優しく微笑んでくれる。
こういうとこ、やっぱり好きだな。
「で、話って？」
ススっと一口お茶を啜ってから薮が口を開いた。
「あ、うん....、......ちょっと、待ってて...。」
あいつは多分寝室に隠れている。
俺は事情を話す前にちゃんと二人に会わせておきたかった。
ダイニングを離れ寝室に入ると、ベッドの隅っこで小さく膝を抱え顔を埋めている彼がいた。
寄り添うように側に座り「知念？」と優しく声を掛けた。
「どうしたの？」
「..........急に.....怖くなった...。」
顔を埋めたまま、更にぎゅっと膝を抱える。
「大丈夫だよ。あんなだけど、二人とも根はすごく優しくていい奴らだから。」
「.....伊野尾せんせ......怒られない？」
「俺？」
「なんでこんなやつ預かってるんだって.....怒られない？」
泣いているのかはわからないが、震える声でそんな事を言う。
「なんで怒られるの？俺が決めた事だし、別に悪い事してるわけでもないでしょ？だから心配しなくて大丈夫だよ？」
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作者名：ちぃねずみ | 作成日時：2017年11月5日 23時
