PARACAGE 9th【ars】 (ページ7)

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287.シンク。←1.17 ページ7

沈黙が耳に痛い。

「...コーヒー、淹れるね」

耐え切れずに立ち上がると、手首を掴まれた。

「いらない」
「......」

彼の丸い目が、立ってる私を見上げる。
少し開いた口元が何か言いたそうにも見えたけど、すぐに雅紀くんは唇をキュっと噛んだ。

「...洗い物だけ、終わらせても良いかな...」
「......」
「みんな、そのままで行っちゃったから」
「...ん、分かった」

掴まれてた手は離されて、私は自分と雅紀くんの使った食器を持ってキッチンへ入った。

置きっ放しになった食器たち。
いつもなら料理を作った人以外が洗い物をするのがここのルールだけど、みんな早く私と雅紀くんを二人にしようと出て行ってくれた。
もしこの洗い物を朝まで残してたとしても、きっと誰かが...多分潤くんが洗ってくれるんだろう。

さっき彼が見せた睨むような目を思い出して、ため息が漏れた。

シンクに水を落とし、食器を洗う。
静かに深呼吸をしながら。ゆっくり。

今からどんな話をするのか、分からない。
雅紀くんの気持ちがどう動いたのか、分からない。

もう、元カノとの仕事を隠してたとかそんなのどうでも良いから。
全部無かった事にするから私の傍に、一緒に居て欲しい。
お願いだから、「やっぱりあの人を忘れられない」とか言わないで。
もしロンドンで二人の間に何かあったとしても、私、目を瞑るから。

気を抜くとそんな情けない言葉が出てしまいそう。
本当はどうでも良くなんか無いし、無かった事には出来ないし、何かあったなんて想像しただけでキツくて吐きそうなのに。
全然本音じゃないのに。なのに、今の私はそんな事を言ってしまいそうなんだ。

「......終わっちゃった...」

時間をかけて洗ったはずの食器も全て洗い終えて、タオルで濡れた手を拭き大きく深呼吸。
息を吐き出しながら、私はキッチンを出た。

雅紀くんはリビングのソファに座ってる。
私はその隣では無く、L字の片側に腰を下ろす。

「Aちゃん」

彼は私が座るとすぐに口を開いた。
真っ直ぐ私を見て、頭を下げる。

「...黙っててごめん」
「......」
「不安にさせたよね」
「......」
「本当にごめん」

頭を上げた雅紀くんは、さっきみたいには目を見てくれなかった。

「今更俺が何言っても、言い訳にしか聞こえないと思うんだけど...」
「......言い訳でも良いから、雅紀くんのホントの言葉が聞きたい...」

私が言うと、彼は眉を顰めて大きく息を吸った。