PARACAGE 8th【ars】 (ページ13)

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258.どれひとつ。ページ13

私達は、暫く会えなくなるしって雅紀くんの部屋で一緒に寝る事にした。
雅紀くんに、背中から抱き締められて。

部屋には大きなスーツケースが置いてある。

「雅紀くん...」
「ん？」
「...行き先、思い出した？」

後ろに居る彼がどんな顔をしてるかは分かんない。

「ヨーロッパ、かな」
「...ヨーロッパ...」
「うん」
「...どんなお仕事するの...？」
「メンストのロケと、あとは...何か色々」

その答えに何も言えなくって黙っていると、彼は「インタビューとか...初めてやったり」と言った。

「インタビュー...？誰、に？」
「日本人のデザイナーさん、大きな賞を獲ったんだって」
「そうなんだ...凄い人なんだね」
「...よく、分かんないけどね」

沈黙が耳障りだと感じた。

ふいに、今すぐ抱いて欲しいと思った。
それは性的な気持ちじゃなくって、とりあえず何でも良いから雅紀くんとの繋がりが欲しいと思ったからなのかもしれない。
ついさっき、頭を撫でられるだけで満足してたくせに。

今は心も、身体さえも、全部雅紀くんでいっぱいにして欲しい。
少しの隙間も無い程に、埋め尽くして欲しい。

だけど、もちろんそんな事を言えるはずも無くて

「ねぇ、さっき本当は雅紀くんも泣いてたんでしょ？」

なんて、話を変えてみた。

雅紀くんが「内緒」って小さく笑った声が、私の鼓膜を擽る。

その声が好き。
その掌が好き。
その喉が好き。
その頬が好き。
その息が好き。

あなたが好き。

どれ一つ伝える事も無く、私は目を閉じる。

・

翌日、少し遅めに家を出る雅紀くんを玄関まで見送った。
靴を履いてる雅紀くんの後頭部を見ながら

「雅紀くん、...楽しみ？」

何もかも知ってるのに、知らない振りしてこんな事を訊く私はズルい。

「お仕事だからね、楽しみってのとは違うかな」

でもそう応える雅紀くんも、やっぱりズルいんだと思う。

「じゃあ、行ってくるね！」

振り返りそう言った彼は、本当にいつも通りで。

「うん、いってらっしゃい」

そう返した私もきっと、雅紀くんから見たらいつも通り。

彼を送り出してリビングへ行き、二ゴを探す。
縁側で丸くなってる姿を見付けて、私もその傍らに座る。

「二ゴー寂しいよー...」

二ゴが、すぅっと息をする。

「...やっぱり言えなかったよ...」

私は、『好き』って言えなかった。

「...言ってくれなかったよ...」

彼は、『忘れられない』と言っていた人に会う事を

言わなかった。