ゝ・参 ページ41
その人はただ優しい瞳の上に、柔らかい微笑みを乗せていた。
いつもと変わらない笑顔だった、と思う。その顔が血に濡れていることと、ほぼ半身が欠損していることと、その体がみるみる私の「肚」に取り込まれて行っていることを除けば。
雄くんはべちゃべちゃに泣いて、建人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。私はそんなふたりを抱き締めて、「君たちのせいじゃないよ」と言った。そして、「あのひとの望みは叶ったんだから」と付け足した。
それから、それから?どうやってあの部屋を出ただろう。どうやってここまで来ただろう。気付くと私は中庭で、一人座り込んでいるのだった。
蝉の煩い夜だった。
「A」
長い髪が顔にかかって邪魔だった。手で払って声の主を仰ぎ見れば、傑だった。
傑はそのまま私の隣に腰を下ろした。
「暑くないのかい」
「今日、暑い?」
「……」
「今、全部、曖昧なんだ」
燕は私の支えだった。私の心を守ってくれた。私の大切なもの、かけがえのないひとつ、私の世界を形作る確かなピースのひとつ。
それが欠けて、今、私の世界は明確に、瓦解する。
「今ね、わかるよ。傑の気持ち」
「……」
「虚しいね」
「……そうだね」
蝉の声は、いつの間にか止んでいた。
驚くほどに、涙が出なかった。
「燕は……」
「父だよ」
「……食べたのかい?」
「……そう、望まれた。最初で最後の、あのひとの願いだった」
舌の根にまだあのひとの味が残っていた。
とぽり、飲み込んだその肢体は、ほんのりと甘いスフレケーキの味がした。すぐにしゅわりと溶けてしまって、後味にブランデーのような淡い香りが残った。はじめて食べる燕の呪力は、儚かった。
「薄々、感じてはいたんだ。母のことを話す口振りも、私を見る目も、ひどく優しかった。それに」
「うん」
「うちに黒い髪のひとは彼以外にいない。母も祖母も、癖のある栗色の髪をしてる。それから……似てるでしょう」
「……そうだね、似ている。最初、兄妹かと思ったんだ」
君の目元は驚くほどに、燕に似ているよ。
傑は私の目元を、親指で撫ぜた。やっぱりそこは湿り気すら帯びていなくて、傑の指はさらりと肌の上を滑った。
706人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「呪術廻戦」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ニノ崎(プロフ) - めっちゃ面白いです,,,好みドストライクです!これからも応援しております。後,伍話目の美美美ー美・美ー美美ってまさか某マルハーゲ帝国()のパロですか() (2021年3月2日 18時) (レス) id: 159ece0998 (このIDを非表示/違反報告)
ぱるさん(プロフ) - みもなるーと。さん» 丁寧なご感想たいへん嬉しいです、ありがとうございます!燕は扇一の自立に必要な犠牲だったのでちょっと……ね……これから扇一夢主、ガンガン男前に磨きがかかって参りますので何卒お楽しみ頂ければ幸いです! (2021年2月26日 19時) (レス) id: 96fc810d06 (このIDを非表示/違反報告)
みもなるーと。(プロフ) - なんだかクソデカ感情を向けてしまった(?)夢主に恋してしまうかと思ってしまいましたね… 最近は天候が崩れやすいのでお体に気をつけて無理せず頑張ったくださいチュチュ… (2021年2月26日 17時) (レス) id: d641c5035a (このIDを非表示/違反報告)
みもなるーと。(プロフ) - な、なんだこの小説は今まで生きてきた私へのご褒美かご褒美なのか。夢主のどこか達観した想像力などに惹かれました。燕さん私の推しだったのに食べちゃいましたね…やはり愛とは、呪いなのかしらと再認識できた気がします。素晴らしい小説をありがとうございます。 (2021年2月26日 17時) (レス) id: d641c5035a (このIDを非表示/違反報告)
ぱるさん(プロフ) - 43yomi1さん» ありがとうございます〜〜!!!更新頑張ります!! (2021年2月26日 16時) (レス) id: 96fc810d06 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ