【置屋に帰る】 ページ36
この場所にいたくなかった。この豪華絢爛な風景が明治時代にいる事、もう帰れない現実を突きつけてくる。談笑している声は嘲笑っているように聞こえ、気分は沈む一方で。
私は少しずつ少しずつ、ホールの隅へと移動した。
『……』
ぼんやりと踊っている人たちを眺める。
煌びやかな衣装、豪華な髪飾り。ここにいるのは一流の貴族の淑女の方や、高い地位を持つ人たちだろう。きっと心にもお金にもゆとりのある人たちなんだと思う。
それに比べ私は、他人の好意に甘えついてきた身の程知らずだ。
初めは誘ってもらって参加した手前、勝手に帰るのは、などとも考えていた。しかし、風景を眺めれば眺めるほど場違いな気がして、胸が締め付けられるように痛い。現代に帰れないという事実を受け止めるにはまだまだ未熟だった私の心は、この風景を眺めるだけでズキズキと痛む。
結局、私は鹿鳴館を飛び出して置屋へと走っていた。
頬を伝う涙がとめどなく流れていた。
川上Side
----------------
話がひと段落つき、挨拶回りを終えたところで俺はAを探していた。先日の事件があった手前、安全だと言われていても心配だった。心配しない方が難しい。
そもそも、Aと関わりを持つ人たちが濃い。駆け出しの鏡花ちゃんや学生の菱田は良いとしても、軍医の森先生や小説家の小泉さん、元新撰組所属の藤田に役者の俺。狙うにはちょうど良すぎる存在だ。前回は彼女の行動を理由として拐われたが、今後はそれ以外の理由で彼女に近付く輩もきっと出てくるだろう。
「おい」
そんな事を悶々と考えていた時だった。後ろから声をかけられ振り返る。そこにいたのは藤田だった。
「なんだよ」
「一つ聞きたい。お前あの娘と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩?娘?」
藤田の言いたいことがわからない。俺の言葉に藤田は眉間に皺を寄せ、何かを考えている様子だ。
「お酌の娘だ……A、といったか」
「A?あいつがどうかしたのか?」
「泣きながら鹿鳴館の外へ駆けて行くところを見た。お前と喧嘩でもしたのかと思ってな……その反応を見る限り違うようだが」
藤田が横でふん、と鼻を鳴らす。しかし、俺の頭の中は “泣きながら駆けていた” という藤田の言葉で埋め尽くされていた。
もちろん喧嘩はしていない。誰かに絡まれたのかもしれないと思い、慌てて置屋へと向かった。
.
85人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
小崎相良(プロフ) - Koma?さん» お返事遅くなりすみません!ありがとうございます! (2022年1月22日 18時) (レス) id: 6783c5a7bd (このIDを非表示/違反報告)
Koma?(プロフ) - ちょーぜつ面白いですね!最近めいこい見始めて最初に出会った作品がこれで良かったです! (2022年1月16日 11時) (レス) id: 286de14237 (このIDを非表示/違反報告)
小崎相良(プロフ) - 二酸化酸素さん» ありがとうございます!嬉しいです! (2021年7月21日 22時) (レス) id: b1e523f101 (このIDを非表示/違反報告)
二酸化酸素(プロフ) - 本当にゲームをしてるような気分になりました (2021年7月19日 1時) (レス) id: f6be19e74d (このIDを非表示/違反報告)
小崎相良(プロフ) - 鈴華さん» 楽しんでいただけたなら幸いです(o´艸`)!こちらこそ閲覧頂きまして、ありがとうございました! (2020年8月4日 23時) (レス) id: 5536140bcb (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:小崎相良 | 作成日時:2020年2月23日 10時