第弐話_遅刻 ページ5
表情が強張る。森さんは医者だ。診察を受ければ回復していないのは一目瞭然だろう。
その様子を伺い音奴さんはにっこりと笑う。
「平気、なのかい?」
『……少し、辛いです』
観念するしかない。音奴さんは怒らせると怖い人種のようだ。笑顔で追い詰めてくるなんて……。
正直に答えると音奴さんは「そうかい」と言って、私の頭をよしよしと撫でた。撫でられることがなんだか気持ちよくて、私はされるがまま目を伏せる。
それと同時に、小泉さんと会う約束をしていたことを思い出す。昨日の別れ際、明日も同じ時間にと、約束をした。
今は昼過ぎだ……寝ている場合ではない。
『遅刻だ、すぐ行かなきゃ、』
「え?ちょ、ちょっと!何してるんだい?!まだ熱あるだろう?起き上がったらダメじゃないか!」
立ち上がろうとした私を慌てて止める音奴さん。しかし、止められているわけにはいかない。
電話も携帯もない時代だ。もう昼過ぎなので、約束の時間はとうに過ぎている。数時間の遅刻だ。
今この瞬間も、八雲さんは待ち合わせ場所で待っているかもしれないと思うとのんびりはしていられない。少しでも早く、今日は一緒に聞き込みできないと伝えに行く必要がある。
そんな私の気持ちとは裏腹に、音奴さんが慌てて私の腕を掴む。
「あんたは病人なんだから体を休めないとダメじゃないか!起き上がるんじゃないよ!」
『でも、昨日約束をしたんです。ずっと待たせるなんて、』
「約束?」
『はい、一緒に人探し話する約束をしてて……』
「わかったわかった、私があんたが来れないって伝えるから!んで、誰なんだい?その約束した人ってのは」
『小泉八雲さんという方です』
「小泉?帝国大学の?」
『帝国?……えっと、眼鏡を掛けた背の高い男性です。物の怪?が好きみたいでした』
私の言葉に音奴さんは「ああ……」と納得するように声を漏らした。この時代でも八雲さんは有名らしい。改めて自分はすごい人と知り合いになったと思う。
「小泉の旦那との待ち合わせ場所はどこだい?」
『銀座の広場?です』
「わかったよ!すぐに行ってくるから、あんたは寝てるんだよ。いいね?」
音奴さんの言葉にこくんと頷くと、音奴さんは素早く部屋を出て行った。
心配事がなくなり安心したからか、眠気が襲う。とくに抗う必要もないので、眠気に身を任せ、体の力を抜く。
瞼はどんどん重くなり、私はあっという間に眠りにについた。
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小崎相良(プロフ) - 閃光のまりあんぬさん» コメントありがとうございます!不定期な更新ですみません(>_<)藤田さんカッコいいですよね!少し不器用な優しさにキュンときます(o´艸`) (2020年2月20日 9時) (レス) id: b334f4b37a (このIDを非表示/違反報告)
閃光のまりあんぬ - とっても面白いです!! 更新頑張ってください! 楽しみにしてます☆ ちなみに私は藤田さんファンです…! (2020年2月19日 23時) (レス) id: 68c769878e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:小崎相良 | 作成日時:2019年8月13日 19時