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じゅー、きゅーぅ。
彼女の意思とは関係なく、カウントダウンが始まる。
疲れと焦りで考えがままならない彼女に、地面を抉り取らんとするような雨音と、彼の声が降り注ぐ。
はぁーち、なーな。
このまま出て行けば、見つかった時よりも楽な仕打ちで済むのではないか。どうせ、ここから逃げようにも手が見当たらない。彼女の弱い心が、白状して楽になってしまえ、と囁く。
ろぉーく、ごーぉ。
しかし、ふと、水たまりに溶けだす自身の血が目に入る。すると、急に足の裏の痛みが強くなった。思わず顔を顰めるが、その痛みから、自分がどれだけの思いであの館を出てきのかを思い出す。どれだけ、自由になることを切望したか。彼らの重い、致死量ほどの愛(毒)から、何度逃げようと思ったか。
よぉーん、さーん。
それを思い起こせば、答えは至極単純だった。彼女は、震えが止まらない体を、自身の腕で優しく包み込み、掴んだ二の腕に、思い切り力を込める。ここで逃げてどうする、と、自分に言い聞かせるように。
にーい、いーち。
ここでやり過ごす。絶対に、最後まで足掻く。
そう決意した彼女の瞳には、もう、先ほどまでの闇は無かった。再び光を得た瞳をぎゅ、と閉じ、胸の前で両手を強く握り合わせる。
どうか、見つからないでくれ。
彼女は、自分の弱い心に縋りつく男の誘惑を払い落とした。一度掴んだ蜘蛛の糸を、けして離しはしないと誓ったのだ。
ぜろ。
男がそう呟いた瞬間、あたりの空気が一気に重く、冷たくなった感覚がし、背筋が粟立つ。彼女の手に込める力が、自然と強くなった。
「はぇー。時間切れ。せっかく逃げ道あげたのになぁ。」
そこから、彼の声が途絶える。20秒ほどの沈黙。足音も、声も、何も聞こえなくなり、恐怖から逃れた安堵とともに、得体のしれない不安に襲われる。それでも、彼の気配が一向に無いことを不審に思い、木の影から恐る恐る背後を覗くが、ただ雨の降る闇夜の森だけが眼前に広がっていた。
注意深くあたりを見回しても、緑色のパーカーはどこにも見当たらなかった。
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作者名：白詰クサ | 作成日時：2024年2月26日 23時
