【d!】ごちゃごちゃの缶詰【中編集】 (ページ2)

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　走り続けた彼女にも体力の限界が来ていた。焼けるような喉の痛みに少しえずきながら、震える足を動かし、大きな木に背を預ける。前後不覚な今の状況と、刺されるような足の痛みは、彼女の体力も精神も大きく削ぎ落していた。彼女は身体もボロボロで、心も折れそうになっていた。

　しかし、先ほど、見晴らしの良い崖の上で、雨でよく見えなかったが、建物の光の集合体が小さくAの目に映ったのだ。町はもう近い。その核心は、限界を迎えている彼女を勇気づけ、動かす原動力となっていた。ここを堪えれば、あの監獄から完全に逃れることができる。そう思い、大きく息を吸って、もう一度彼女は一歩を踏み出そうとした。

その、刹那。

「おーい、ここら辺に居るんやろ？鬼ごっこはもう終わりにしようや」

　走り続けて上がっていた体温が、一気に冷える感覚がした。

　思わず喉がひゅ、と鳴った。雨音がより鮮明に彼女の耳に届く。それと同じく、水で濡れた地面をぐしゃり、ぴちゃり、と踏みしめる音も、だんだんと大きくなって、彼女に届いてきた。

「ほんまにびびったでー。皆大騒ぎで、まともな判断もままならんくて…」

　声が近づいてくる。息をひそめなければならないと分かっていても、恐怖で上手く呼吸ができない。彼女の瞳から、徐々に熱が消え、黒々とした負の感情が、彼女の瞳を塗りつぶしていく。

「でも、どうにかこうにか探して…やぁっと希望が見えたわぁ。ここら辺に居るんやろ？くふふ、近くにいるのが俺でよかったなぁ。俺やさしーから、すぐ出てきたら、今回のオイタも大目に見たるよ」

　彼女の背後から聞こえる声の方向からは、不幸中の幸いか、彼女の姿は大きな木に隠れて見えないはずである。また、一向に止まず、むしろ強まる雨の音によって、かすかな彼女の呼吸の音も掻き消されていた。常人なら、彼女を見つけ出すことはほぼ不可能であろう。しかし、最悪の状況下においても、彼女を恐怖と不安で支配することができるのは、やはり脅威とも呼ばれる彼だからであろうか。

「…出てこんの？はえー、頑固やなぁ、ほんまに。」

あと十秒数えるうちに、素直に出てきたら考えてやってもええで。
　彼女の背後から、そんな声が雨に溶けつつも聞こえてきた。