黒ヲ追ウ-3 ページ3
どれだけの時間こうして隣に座って居たのだろう。
時間の感覚はとうに失っていた。
感じていた空腹感も、悲しみも、何も無い。
あの日みたいだ…と少し笑ってしまった。
「オイ、」
背後からかけられた声に振り返る。
「中原、さん。」
意外にも彼の眼は赤く腫れていて、髪も幾らか乱れていた。
「もう止せ。」
「ですが…」
そう言いかけて、口を噤んだ。
黒いチョーカーの下に青黒い痣が見えたからだ。
まるで、そう、細い縄で自らの首を絞めたかのような。
「首領が、御呼びだ。」
その声は震えていた。
「解りました。」
立ち上がり、数歩歩いて振り返る。彼はその場から動こうとしなかった。
「中原さんはいらっしゃらないのですか。」
「ああ。先に、行ってくれ。」
「解りました。」
しかし、彼がマフィアに戻ってくることは無かった。
数日後、海外で大規模な爆破があったと聞いた。
その爆心地の程近くで男性の死体”らしきもの”が発見されたそうだ。
その報せを聞いた尾崎幹部は酷く取り乱していたようだった。
彼の使っていた執務室には肌身離さず持ち歩いていた帽子がぽつんと置かれていた。
それを見て漸く其の男性は彼だったのだと悟った。
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ポートマフィア本部ビル。
その最も見晴らしの良い最上階の部屋。
堅牢な作りの扉は閉ざされたままで、照明の為の燭台や通電する事で透明になりヨコハマの街を一望出来るはずの壁も、随分と長い間使われていないらしかった。
その部屋の中心に誂えられた高級そうな執務机には大量の書類と共に頭蓋骨が置かれている。
その部屋の主人は、懐かしげに”其れ”を撫ぜた。
「首領」
側に控えた護衛が何かを言おうと口を開いたが、深淵のような黒い瞳と目が合って、口を噤んだ。
主が大事そうに持っている”其れ”が誰のものであるか、誰も知らない。
護衛の一人がかつて討った敵対社の頭だと言っていたが、どうも自分は納得がいかなかった。
普段、にこりともせぬ主が時折穏やかに微笑むのを知っていたからだ。
部屋に似つかわしくないほど細身の青年は、暫くそうして、”其れ”を撫ぜていた。
いつかの想い出に浸るかのように。
其処にはかつての孤独な殺人鬼の姿があった。
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作者名:置いときもの | 作者ホームページ:http://user.nosv.org/p/oitokimono
作成日時:2020年7月14日 1時