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丘の上で ページ5

出航を知らせる汽笛が響きわたる。思わずそちらの方を見ると、強い日差しが吊り橋と海面に反射していた。通り抜ける潮風が心地良い。
かつて芥川と戦った船が浮かんでいた海。かつて白鯨(モビー・ディック)が落ちた海。
それらがなかったかのように、今日の横浜の海は凪いでいた。
遠くで清らかな鐘の鳴る音が聞こえた。

近代的な高層ビルと昔ながらの煉瓦造りの建物が混在する横浜の街を見下ろす丘。僕は此処に来ていた。
僕は周囲を見渡す。階段を降りる途中、僕の虎の眼は緑に囲まれた墓地を見つけた。墓地だというのに、どこか明るい。白い墓石が陽の光で橙色に輝いている。海外のそれを思わせるようなところだ。
「こんな場所あったんだ……」
呆然と呟く。まだ数年しか経っていないのだろう綺麗な墓石を見渡せば、視界の端に砂色があった。
そうだ、僕は――。
眼鏡をかけて手帳を片手に持った厳格なあの人の表情が浮かぶ。
僕は階段を駆け下りた。

墓石に凭れ掛かるようにして寝そべり、空をぼんやりと見上げている人、太宰さんに近付く。普段とは違う様子に思わず立ち止まった。お墓に向き直り、手を合わせる。
「……誰のお墓か判っているのかい?」
不意に問われる。
「いえ……でも太宰さんにとって大事な人なんですよね?」
墓石に目を向ける。無記名の墓石。
「……何故そう思う?」
「太宰さんがお墓参りなんて初めて見ますから」
「これがお墓参りしてるように見えるかい?」
おどけたように云われ、僕は瞬きをした。
確かに墓石に凭れ掛かるなんて、一般的なお墓参りの様子とは違う。でも、これをお墓参りと云わずして、なんと云うのだろう。
「見えますけど……」
僕は頷いて答えた。
太宰さんは少しだけ目を瞠くと、何も云わずにゆっくりと微笑んだ。

「――……」
太宰さんから表情が消えた。太宰さんはそのまま自らの手を見詰めていた。その横顔からは感情が窺えない。ただ――、このままふらりと、何処かに行ってしまうような、そんな予感がした。
「もしかして」
僕は太宰さんを引き戻すように声を掛ける。
「太宰さんの好きな人だった、とか?」
「好きな女性だったら一緒に死んでるよ」
即答だった。「ま、太宰さんならそうか」と納得して呟くと、「なにか云った?」といつの間にか立ち上がった太宰さんが僕の方を向いた。
「いえ、べつに……」
僕は視線を逸らした。

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設定タグ:文豪ストレイドッグス , 転生 , 太宰治   
作品ジャンル:アニメ
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夢秋(プロフ) - 蒼さん» ありがとうございます! 一歩間違えたら夢主ちゃん太宰さんに閉じ込められるくらい無茶してます。早く起きないかなー(どの口が) (6月21日 3時) (レス) id: 9185832e78 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 主人公ちゃんんんん目覚めないと太宰さん泣いちゃうよ!?!?ついでに私も泣くよ!?(?)BEASTめっちゃ好きだけど!!作者様へ神作品です最高ですありがとうございます (6月13日 12時) (レス) @page50 id: 699f0917a9 (このIDを非表示/違反報告)
夢秋(プロフ) - いけるしかばねさん» ありがとうございます! これからしばらくリメイクに入るので実質回想シーン→BEASTで夢主なかなか起きないことになります( ͡ ͜ ͡ ) (2023年2月3日 14時) (レス) id: 28dc9b7eb5 (このIDを非表示/違反報告)
いけるしかばね - ぬあぁぁああ起きろよ主人公!!いやbeastもいいけど嬉しいですけど!!! 続き楽しみに待ってます頑張ってください! (2023年1月31日 16時) (レス) @page50 id: c9b27d8eb7 (このIDを非表示/違反報告)
夢秋(プロフ) - 蒼月さん» ありがとうございます!! イベントとか終わったらぼちぼちリメイクしながら再開します!! (2023年1月24日 2時) (レス) id: 9185832e78 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:夢野秋 | 作成日時:2021年11月1日 2時

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