セレンディピティ─1 ページ3
.
深夜二時のことだった。
場所は街外れの工場地帯。
と言っても工場が稼働していたのは十年以上前のこと。
工場が総じて稼働を終え、人も寄り付かなくなった今、一帯が廃墟の寄せ集めと化していた。
一人の男が立ち寄ったのも、そんな廃工場の一つだった。
寂れた路地裏に独りでやって来たのは、二十代前半くらいの若い男で、動きやすさ重視の黒い服を纏い、これまた黒のバックパックを背負っていた。
夜風が吹く度に、目深に被ったフードから覗く銀の瞳が、月明かりを受けてギラリと光る。
全身黒づくめの出で立ちは、傍から見ると少々大袈裟にも感じられるが、"とある理由"から人目を避ける必要があった男には、夜に溶け込むようなその装いは、まさに似合いの格好と言えた。
男は路地から抜けた所で足を止め、思い付いた様子で、ズボンのポケットに手を突っ込む。
そこから銀紙に包まれたガムを一枚取り出すと、包装紙を乱雑に剥ぎ取り、緑の板を口に咥えた。
どうやら口が寂しくなっただけのようで、残った包装紙はグシャリと丸められ、音もなく歩道に落とされる。
ポイ捨てはさておき、
男は手近な工場に目をつけると、
30cmだけ残して錆び付いたその隙間に、下ろしたバックパックを荒々しく放り込むと、続いて自身も、狭い隙間を軽い身のこなしで潜り抜ける。
中に入り込んだ男は、むくりと起き上がって、服についた砂埃を払うと、手前に転がっていたバックパックをつまみ上げて、黴臭い工場内を、彷徨うような
世間は既に初夏を迎えたにも関わらず、工場の中は、未だに肌寒さを感じる。
暗く霞みがかかった一階は、作業場として使われていたのだろう。大型のプレス機や旋盤がゴロゴロと転がっていた。
手入れをされなくなった機械たちはみな、埃と錆を身に纏い、息を潜めるように、ジッと立ち尽くしていた。
今となってはもう、ただの鉄の塊だが、しかしそれは同時に、この場所に人の姿がなくなった後も、"確実に"十年という月日が流れていた証拠でもあった。
壊れかけの天井は、ぽっかりと大きな口をあけて、そのすぐ下のコンクリートを
――今宵は満月が綺麗だ。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：柳 | 作成日時：2018年5月25日 0時
