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その女は生まれついての能力者で、いつも人を呼ぶ時は手招きを使っていた。そうすれば、こちらへ来いと命令せずとも対象は必ず女の元へ駆けてくる。
女は何かしらの小さな命令に人を従わせる、という能力を持っていたのだ。そして、発動条件は手招きか口頭での命令。
その能力の所為もあってなのか、女は必要最低限以外の会話はせず、目伏せをよく使うような典型的な寡黙な人間であった。その為、彼に説明したりせず、「ついてこい」とだけ命令してそのまま街へ買い出しに、ということも日常茶飯事だったのだ。
ある時、女と共に買い出しに出た彼が、帰り道で何か人だかりができているのを見かけた。
そこで止まった彼を、ちらっと振り返った女。
その先でやっていたのは、子供騙しなインチキマジックショーだった。
それを見ると、女は軽蔑するような目で
「あんな欲に溺れた大人の遊び事なんて見て、何が楽しいのかね」
そう言い放った。
言葉をゆったりと咀嚼していくうち、彼は女のある言葉が気に掛かり始める。
"欲"。女は、彼の前で欲を口にしたことが一度たりともなかったのだ。飯も彼の希望したものが基本で、服だって何着も同じものを持っているだけで全く拘りがなさそうだ。
「おまえは、欲が嫌いなの?」
「ああ、もちろんさ。欲ってのは簡単に人をダメにしちまう」
「あたしは、欲に溺れたおまえの姿を、見たことがない」
「……当たり前じゃないか、私に欲なんかない」
そう一拍返事の遅れた女に、彼は反射で答えた。
「うそ」
その二音を聞いただけで、女は忽ち鬼のような形相で彼を睨みだした。その瞳と握られた拳は微かに揺れていて、女の動揺が伺える。女が口を開こうとした時、彼はそれを抑え込むように視線を返した。
「ないわけない。そんなに震えてるのに、うそじゃないわけない。」
「ちがう」
「あるんだろ、本当は」
「ない」
「おまえは隠してるだけ」
「御前に何がわかるって。人の欲を感じ取るセンサーでもついてるってのか」
馬鹿馬鹿しい、と付け加え、女はまた歩き出した。不機嫌そうな面でずかずかと進んでいく女に、道行く人々は自然と行く先を開けている。
……しかし、まともな回答ももらえないままに、子供の彼が諦める訳はなかった。
彼は、手を伸ばした。女がいつも自分にしていたように、今度は自分が女へ向かって。
そして、くいっと指を曲げて、手招きをした。こうすれば、自分にも能力が使えるんじゃないかと期待して。もし自分にも力があるのなら、この女の欲を、そしてこの女が欲に塗れて堕ちていく姿をこの目で見てみたいと、そう願って。
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