▽ ページ19
再度病室の扉が開いたとき、入ってきたのは野坂のみだった。彼女は雑誌を開き、変わらない様子で視線を落としていた。
「気になるお店はある？」
野坂は何事も無かったかのように、ベッド脇の丸椅子に座りそう声をかける。彼女はゆっくりと視線を野坂の方へ向け柔らかく口元を緩めた。
「近場なら、歩く練習になるだろうね」
彼女の言葉は、すぐには返ってこない。ノートとペンを取り出す準備段階を、前屈みになってゆっくりと待つ。彼女は布団の上に雑誌を開いたまま、机に乗せたノートにペンを歩かせた。
『ごめんなさい』
『きっと野坂さんにめいわくをかけます』
待って、出てきた答えは素直な謝罪だった。野坂は少し黙って、脚に肘をついたまま彼女の顔を見る。
視線に気付いて、彼女はこてんと首を傾げる。その動作に心臓が震え、息が詰まったような感覚がした。
『私はうまく歩けないし、話もできません』
「…そんなこと、気にする必要はないよ」
野坂は彼女を安心させるように笑顔を浮かべた。
「リハビリの一貫なんだ。僕よりも、烏丸さんの気持ちを優先したい」
暫くの間があった。お互いの視線が交差し、沈黙の時が流れる。少しして、彼女は交わりを立つことを渋るようにノートに視線を戻し感情を書き写す。
『うれしいです。いきたいです』
『がんばります』
「決まりだね。いつにするか、また先生達に聞いておくよ」
他者から見て不自然なものであっても構わない。彼女の意思と自身の意思が交差し繋がり合う。この上ない幸せだと感じた。
そんな彼女を、闇に堕とした張本人の元に送り返すのか。野坂は自分に問い掛け、瞬時に脳内から消し去った。
「楽しみにしているよ」
彼女の安心しきった柔らかな表情。野坂に対する信頼がそうさせているのだろう。
表面上の繋がりを信じて、野坂が彼女から隠した現実を疑おうともしない。
『私もです』
手離したくない。単純な思考が、彼女を照らす光の波長を変化させる。彼女の表情が紡ぎ出す美しさの上に、妖艶さが浮かび上がったように感じた。
ラッキーカラー
あずきいろ
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 74人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
かなり - 私、輝さんの小説が大好きでいつも読み返していて、勇気をもらっています！これからも体に気をつけて頑張って下さい！応援しています！ (2020年4月26日 20時) (
レス) id: 698341d95b (このIDを非表示/違反報告)
輝(プロフ) - かなりさん» 沢山のコメントありがとうございます！本当に励みになります(*^^*)かなりさんも、どうか体調にお気をつけて過ごしてください。 (2020年4月26日 18時) (レス) id: c19a41cb32 (このIDを非表示/違反報告)
かなり - この小説は、私を感動させてくれる小説です！この小説を作ってくれてありがとうござます！これからも体に気をつけて頑張って下さい！応援しています ！ (2020年4月20日 11時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - もお、続きが気になり、この後の展開が気になり過ぎて、ドキドキしながら読んでいます ！(≧∀≦)これからも、体には気をつけて、頑張って下さい！応援しています。！ (2020年4月14日 21時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - コメントありがとうございます。これからも頑張ってください (2020年4月10日 14時) (レス) id: dd5b3632db (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：輝 | 作成日時：2019年8月8日 23時
