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言わずもがな、汚物の上だ倒れていた男である。男は吐瀉物でベタベタになった重たい身体を起こすと、脱力した様に座り込んだ。臭うのか、深めに被っていたボルサリーノ帽とマスクを外す。男の素顔は目元から察していた様に二十代の若い普通の青年だった。その表情は酷く疲れていて、目の下の隈がそれを物語っている。
しかし、メルヴィンの反応は違っていた。彼の顔を見て「え」と声を漏らす。鳩が豆鉄砲を食ったような表情だ。
「どうした?」
「なんで……」
「?」
「その痣、何処で……」
青年の顔の左頰周辺を指差すメルヴィン。彼の言う“痣”はそこにあるらしいが、ロベルティーネには何も見えなかった。青白い、不健康な皮膚しか見当たらない。
彼曰く、自分と似た様な痣が頰に刻まれているのだと言う。しかし、形は全くの別物で、トランプのスペードを象った青い痣である。あまりに綺麗に刻まれているので、刺青と見間違えそうになるが、同じく痣を持つメルヴィンにはすぐに分かってしまう。これは、魔女の印であると──
だが、そんな事を言われても第一本当に見えていないロベルティーネには彼の必死さは伝わらない。辛うじてではあるが、この青年が何処かで魔女と接触している事だけは分かる程度である。
すると、青年の表情が少しだけ柔らかくなる。何処か朦朧とした感じは変わらないが、僅かに元気を取り戻した様にも見えた。ロベルティーネは懐に手を忍ばせ、ナイフを取り出す準備をするが、男はペタペタとベタベタな顔を触ると、突然怯えた様子で喚いた。
「し、失敗した……殺される……!」
「お、おい、大丈夫か?」
「贄が、贄が、足りない……失敗した、失敗した、失敗した」
「……贄?」
先程のメルヴィンとの会話に登場した単語を口遊むが、彼はそれ以降「失敗した、殺される」としか言わなくなった。まるで壊れたラジオの様だ。聞きたい事が山程あるのに、青年のこの様子では聞き出せないと判断したロベルティーネは再び状況整理に勤しむ。
この青年は外見の特徴から、最近ジャルドーレ通り周辺で起きている連続切り裂き事件の犯人である事は間違いないだろう。しかし、その実行犯は一人ではなく、三人である。こうして見ると、一週間で六件も事件を起こしている理由も頷けられるだろう。又、これだけの事件を起こしておいて、警察に捕まらない訳は三人の実行犯もさる事ながら、メルヴィンの言い分を汲めば、魔法を使っていた可能性も否定出来ない。
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十二月三十一日(プロフ) - づみさん» 有難う御座います。読んで頂き光栄です。更新頑張りますので、今後共宜しくお願いします。 (2018年3月3日 2時) (レス) id: 70aae954fa (このIDを非表示/違反報告)
づみ(プロフ) - お話がとても好きです、更新たのしみにしています。頑張ってください〜 (2018年3月2日 16時) (レス) id: 688586594f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:十二月三十一日 | 作者ホームページ:
作成日時:2018年1月18日 21時