閉じた世界で【Ut】 ページ17
ガチャリ、ドアの開く音が聞こえた。
20時、彼が帰ってくる時間だ。
「ただいま」
『おかえりなさい、お疲れさま』
「ああ、お疲れ。急に寒なったな…」
彼はそう言いながらジャケットを脱ぎハンガーに掛けた。荷物を片付け、手を洗いながら話しかけてくる。
「さて、今日は何作るかな」
『いつもありがとう』
同居するんだから私が家事をするよ、と言ったものの彼は食事を作りたかったらしく譲ってくれなかった。
「Aはそんなこと気にせんでええよ。俺が作りたいって勝手にやってるだけやから」
規則的な包丁の音が心地よい。出会った頃と較べて随分料理も上手になったのでは？
「はい、どーぞ」
『美味しそうね…いただきます」
程なくして出来上がったのはシチューだった。彼の優しさがそのまま反映されたように、冷えた身体に染み渡るような美味しさだった。
『鬱さん、料理上手になったね』
「おっ、嬉しいこと言ってくれるやん」
最近忙しいからなのか、目の下に隈を作った顔で困ったように笑う。その笑顔が、私は大好きだ。こうして一緒に食事ができることの有難みが最近すごくよくわかってきた気がする。
それも彼のおかげだなぁなんて思った。
食事が終わり、片付けを済ませた彼が私の隣にやってきた。
私と向き合う形になると突然私を引き寄せる。
「今日な…ちょっとしたミスで上司に怒鳴られてな…Aで充電させてや…」
私の身体が鬱の腕の中に収まる。外の空気の匂いから、季節が移りゆくことを知る。そこに混ざる煙草と…汗だろうか、男性の匂いが私を包んだ。冷たい床とは反対の温度が私を安心させた。
震える腕で彼の背中に手を回せば「んふふ」と満足そうに笑う。
「優しいなぁ…Aが彼女でうれしいわぁ」
『こんなことしかできないから、いつでも来ていいよ』
私が言い終わる前に腕に力を入れてギュッと抱きしめられる。
さすがに呼吸がしづらい。
『鬱さん…苦しいよ』
そう言うとパッと私から離れる彼
「あっ……あぁごめん。」
『もうこんな時間だけど寝なくて大丈夫なの？今朝は時間ギリギリだったよね？』
「…そうやな。俺の事考えてくれてありがとうな」
綺麗な手で私の頭を撫でると
満足したのか手を下ろし、私から離れていく。
『ねぇ、鬱さん』
「ん？なんや」
バスルームに向かおうとする彼の背中に声をかける。
唇が震え、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
『わた…私は…いつになったら…ここから出られるの』
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作者名：柚川 | 作成日時：2019年9月15日 20時
