雨を撃つ日に ページ1
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その日は、ひどい雨だった。
地面を殴るような雨音は、耳鳴りのように絶え間無く頭の奥で鳴り響く。真っ黒に染まった地面の上に迷路のように作られた水溜り。それは、地を帯のようにながれる黒い血液をかき消すように描かれていた。
雨は証拠隠滅に重宝される。
「遠田和敏、入国管理官っスかぁ」
「驕る平家は久しからず、それに尽きるわね」
軽快な口調で話した彼が手に持つ、雨で滲んだ捜査書類など今やもう価値はない。死人に口なしだ。今更罪や責任をかぶせた所で誰の損得にもならないとあらば、このまま清く朽ちてしまうべきであろう。
酷い有様だ、そう言って項垂れる肉塊を横目で見た彼の瞳に、何かが灯っているわけでもなかった。
一瞬、雨音が弱まった。天空が裂かれ、こぼれ落ちていた雨も残り少ないのだろう。広がる波紋が落ち着いていく。一寸先も雨粒が壁になりみえなかった視界は、一間先ほどまで広がってきている。
「そろそろっスかね」
「……戻るよ」
雨音は女の泣すがるような声に聞こえた。幻聴だろうか。
「いいんスカ、回収は」
「…死んで腐敗して誰にも見つからず、きっと直ぐに、2度目の死を迎える」
「随分とロマンチストなんスね」
「…馬鹿言え」
空笑いする彼を冷たくあしらい、愛車へ足を向けた。ここに長居する意味も必要も無い。こちらだって仕事はたんまりと溜まっているんだ、と誰に向けたのかも分からない愚痴を零す。
フロントガラス越しに空を見た。
その時、既にもう、雨は上がっていた。
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作者名:ゆうひ | 作成日時:2019年9月25日 22時