Secret No.11『君の心臓』 ページ31
「私もう疲れたんだよね」
屋上の手すりに腕を乗せ、遠くの空を見つめながら彼女は言った。
風が吹く度に膝までの紺色のスカートが揺れるので視線をどこに落とすべきなのか分からなくなってしまう。
結局彼女と同じように遠くの空へと視線を落ち着かせ「なんかあったの」と問う。
耳の少し上で縛られているポニーテールが視界にチラついた。
「なんだろ、この世界に飽きたっていうか。もう充分かなって」
「飽きた？」
「そう、飽きた」
だって、
と彼女は振り向く。
焦げ茶の瞳は光にあたり茶色に見えた。
夏と秋の中間。
涼しいけれど長袖になるのはまだ早いような、そんな曖昧な時期。
まるで大人と子供の狭間に立つ俺たちのようだ。
俺の目に、彼女の頬の傷口は酷く美しく映る。
「人間は皆自分の事しか考えてないってわかったから」
「………ふうん」
「自分が死なない為に、他人を蹴落とす。そんな生き方しか出来なんだよ皆」
どうせ、自分が1番可愛いからね
そう言って嘲笑う彼女はこの世界を馬鹿にしているようにも、または憐れんでいるようにも見える。
その腕に、その足に、数えられぬほど付けられた傷の数々。異様に汚れている上履き。
( あぁ、違う、君は )
きっとこの世界に飽きたわけじゃない。
「悲しいんだろ？」
「……え？」
「他人の事を考えない、そんな残酷な世界に悲しく思っているんだ」
「なんで、私はそんな事、」
「ならさ、A」
なんでお前は今泣いてるの？
俺がそう言った瞬間、彼女の瞳からまた1つ雫が零れた。
幾つも落ちていくそれは、彼女の足元のコンクリートに跡を残す。
どうやら自分でも気づいていなかったようだった。
呆然と自らの瞳からこぼれ落ちる涙を見つめ、そしてまた新たに滴をこぼす。
そんな様子を見ながら俺は胡座をかいた状態のまま、「なぁ」と声をかける。
「お前は今、死のうとしてんの？」
「っ、」
「屋上から飛び降りて、この世界とバイバイってしようとしてる？」
「…………そうだと言ったら？」
震える声で言った彼女は、俺にどんな言葉を望んでいるのだろうか。
分からない。
そんなの知る由もないけれど俺は迷いもなく、言葉を発する。
「嫌だ」
「………」
「そんなの、絶対嫌だ」
俺は立ち上がって彼女の元まで歩く。
そして彼女に笑ってみせた。
君は知っているのだろうか。
「君のいない世界なんて、俺にとったらなんの意味も無いんだよ」
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