Secret No.10『3倍ブラック』 ページ29
Senra side
嫌いと紡がれた言葉が、どれほど自分の心に突き刺さるかなんて知りもしなかった。たった五分前に言われた、一般的に別れを指す言葉が未だに脳内でぐるぐると回り続ける。
「......別れて、くれる?」
恐る恐る言ってくる彼女に、僕は何も声を掛けてあげることが出来ない。その理由ですらも、聴くのには憚れられる。
どうして、?と喉に引っかかっている言葉が出かかり、しかしそれでも その言葉の発音を忘れてしまったかの様に口を開いても魚の呼吸みたいに虚しく開閉するだけだった。
鼓動が激しく打ち鳴り、酸素が十分にあるはずなのに、僕には足りない。
彼女に否定されたことがどうしても理解できなくて、それでも あぁこれは夢なのでは、と思い込むことでなんとか保てていた。ぐらぐらと揺れる不安定な振り子の如く、心臓が激しく揺さぶれる。
「......どぅ、して、?」
それでも、やっと紡いだ言葉は掠れていた。口内がからからに乾ききっていて、既に生温くなっているアイスコーヒーを飲んでも、味がしなかった。
キャラメル味の、何時しか彼女が好きだと言っていた甘いコーヒー。決して僕は好きじゃなかったけど、彼女が好きだからってずっと飲んでいた。
甘い甘い、砂糖のコーヒー。
ただ、この場は甘くは無くて、全く不釣り合いなコーヒーが氷を虚しく溶かした。
Aside
お飾りで結ばれた恋心は、どうしても本気にはなれなくて所詮はただのおままごとだった。彼からの好き、が嘘で塗り固められた虚言だと気付いたのは、いつ頃か。
最近か、それともこの間からなのか、それともそれとも、最初からなのか。
いずれにしろ、私は彼からの愛は貰えていなかったのだ。
一晩中泣き腫らした瞼が、とても重たくてそのまま寝てしまいたくなる。彼の事なんて好きなんかじゃなかった。
そのはずなのに、聞き分けの良い“カノジョ”としての仮面が外れてしまうと、そこにはただの惨めな女しか残らなかった。
周りはぐちゃぐちゃとしていて、洋服が散乱している。お気に入りのスカートも、パンプスも、ポーチだって中身がひっくり返ってて、私はおもむろにそこに近付いた。
黄色のポーチは私が彼から貰った、初めてのプレゼントだった。
それと一緒に貰ったチャームは、もうどこにいったのか分からない。引きちぎって、そのまま投げてしまった。
確か、コーヒーの、チャーム。
嗚呼でも、何時だって彼は甘いコーヒーしか飲まなかったけど。
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