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『‥‥ハッ、』
白けきった声に、笑うほど息が詰まるのを実感した。
月が白く翳る夜。一本裏に入るだけで、雑踏は遥か遠くにに消えていく。街灯一つないアングラな通りには、警察でもしていると慣れるものだ。
居酒屋から出たAは、この前のように路地裏に背中を預け煙草を吸っていた。
以前と違うとすれば、前は身を隠すように路地裏の奥へ奥へと歩みを進めていたが、今日はそんな気にもならず、入り口で早々にライターを手に取ったことである。
どうせ誰も来やしない、もとよりもうどうでもいい。
頭に響く、先程松田が告げた言葉に耳鳴りがした。火が煙草をじわじわと蝕んでいくように、松田の言葉が少しずつ体に落ちていく。
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“ 実はさ、結婚すんだ ”
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気恥ずかしそうに放たれた言葉。照れを隠すように流し込んだ酒。
そんな顔してんじゃねー、頭の中で悪態をついたあと、Aは祝福の言葉を口にした。
一生涯かけて幸せにしろ、呪いの言葉でもあった。
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『なーにが煙草吸う女は嫌いじゃない、だよ。煙草吸うたび注意する女の子と結婚するくせに』
煙とともに出たボヤキ。
そろそろ戻るかとしゃがんでいた腰をあげようとしていたところ、ふいに頭上にできた影に顔をあげた。
路地裏の入り口を塞ぐように立ち、その完璧なプロポーションでネオンはもちろん月明かりすらシャットアウトする男。
その瞳が、宝石のようにギラリと光ったが、不思議と恐怖は感じなかった。こっち側の人間だ、と直感で思っていたからだ。
「何度も待ったぞ」
目にかかる髪を手でどかし、男は言った。少しだけ、彫りの深い顔が露になり、一瞬何のことかと思ったが、その声はすぐに記憶と繋がった。
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時