Luv Bias 〈完結〉

・ ページ12

Aさんが取材に来てくれた日も青い空が広がっていた。

お店のコンセプトを話したり、ケーキの写真を撮ってもらったり。

Aさんはてきぱき指示を出していて、撮影も取材もスムーズに終わった。

「今日は、ありがとうございました。
また原稿ができたら確認させていただきに来ます」

そう言ってAさんは帰って行った。


それから1週間が過ぎた。

あれからAさんはミルフィーユを買いにこない。

もし原稿を確認してこの仕事が終わったら、Aさんはもうこの店に来ないんじゃないだろうか。

ふと、そんな気がした。

だって俺はただの店員で、Aさんはお客さんで、いつ会えなくなってもおかしくない。


「……そんなの嫌だ」


俺は店に「臨時休業」の札をかけると、Aさんからもらった名刺をつかんで走り出した。



Aさんが働いている出版社まで来て、受付でAさんを呼び出してもらう。

応接室に通されて、息を整えていると、Aさんが急いで入ってきた。

「横尾さん、わざわざすみません。
原稿確認されに来られたんですよね？」

「いえ、あの。確認、というか変更をお願いしたくて」

「え？」

「あの……他は全部そのままでいいんです。
でもミルフィーユだけ載せるのやめてもらえませんか」

「……どうして、ですか？」

「店に出すのもやめようかと思ってて」
「え？！」

「俺……あのミルフィーユは。
Aさんのためだけに作りたい」

一気に言ってしまってから、息をはいた。


Aさんがうつむく。

「あ、すみません。
そんなこと急に言われても困りますよね」

「いえ、そうじゃなくて」

あれ？

なんだか笑いを堪えているような。


「これ、見てください」


Aさんが差し出したのは、俺の店が掲載される予定の原稿だった。

だけど、おすすめとして紹介されるはずだったミルフィーユの写真は1枚も載っていなくて、代わりに載っていたのはモンブランだった。

「私も、変更をお願いしようと思ってたんです。
あのミルフィーユはあんまり紹介したくないって思ってしまって」

「え……」

「私だけの秘密にしておきたかった」

そう言って恥ずかしそうに笑うAさんを見て、俺も笑った。

「初めて見ました、横尾さんの笑った顔」



「あの…今度、どこか行きませんか」


俺もまだ君のこと何も知らない。

これから少しずつ知っていくんだ。



梅雨が明けた青い空の下で。








『青い空とミルフィーユ』…END…

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