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彼女は生きているなど持っていなかった。
目標などとうに捨てていた。
なぜ生きているのか。彼女はそう問われた時に、こう答えた。
「なんとなく、気分で生きてるけど」
その目の色はくすんでなどおらず、また、無色だった。何も示さない彼女の存在は間違いなくその場に確立されている。
彼女の術式は六感精神重圧術。
相手の6感──視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、そして直感を、呪力により精神的に圧迫する術式。
元々彼女の家系は五感を圧迫する術式を得ていたが、彼女は異例であった。
それ故に、最弱であり、最強であった。
「え？A先輩を起こしに行くの？」
「そ。僕がいったら機嫌悪くなるし、今日はみんな外出してるから」
組手をしていた五条は、着替えていた虎杖にそう声をかけた。
「先輩って昼まで寝てるのが普通？」
「たまにね、こういう日があるんだ。そういう時は起こしに行く約束をしててね」
もう昼の11時じゃん、と時計を確認した虎杖は伸びをしながら返事をした。
「いいよ！行ってくる！」
「Aせんぱーい！」
子犬のように飛び跳ねながら、今まで足を運んだことのなかった寮の一角まで赴いた。2回ノックをしながら「起きてくださーい！」と声をかけるも、反応がない。
何度か叩いて反応がなかったら部屋に勝手に入ってもいい、と五条から告げられていた虎杖は静かにドアを開ける。
「し、失礼しまーす……」
いくら屈強な体を持つAといえども、その実態は女性である。多少の遠慮と期待を胸に、いやでも簡素な部屋だろうな、と虎杖は部屋の中へ足を踏み入れた。
「うわ、すげぇモフモフ」
おもわず声に出てしまう自分の口を慌てて塞いだ。
まず目に飛び込んできたのは質の良さそうなぬいぐるみ。そして人気キャラクターや人気マスコットのぬいぐるみ。さらには等身大ぬいぐるみ、クッションなど、見るからに肌触りの良さそうな艶のあるぬいぐるみが部屋中に置かれていた。
その奥にぬいぐるみの女王と言うべきか、周りと同じようなもこもことした物体がもそりと動く。
「あ、A先輩！起きてー！今日は用事があるんでしょー？」
彼女の元に近づくと、寝る場所がぬいぐるみで奪われたセミダブルのベッドの上で心地よさそうに寝ていた。
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作者名：桜芽杏 | 作成日時：2021年1月11日 20時
