29輪 ページ29
『店内での演奏者の撮影は御遠慮させて頂いております』
このルールが先にあったのか、はたまたAが来た時にできたのかは分からない。
それでも、心操は彼女がここに居ることが、心操にとって喜ばしいことのように思えた。
初めての事だった。
自分以外の人がそこにいて、それだけで嬉しいと思える事が。
「ママ、つまんなーい」
少し遠くの席から子供の駄々をこねる声が聞こえる。隣にいた母親は焦った様子で子供の機嫌を損ねないように小さな声で話しかけている。
店の雰囲気が乱れるようにも感じ取れるこの空気感の中、Aはクスリと笑う。
「子供、可愛いよね」
Aは小さく微笑みながら心操に目を向け、目を合す。そして終わりかけていた曲から滑らかに別の曲へと繋ぎを入れる。
その曲は誰でも知っている、国民的アニメの曲。
その場にいた子供たちが楽しそうにはしゃぎ、大人の世代もまた懐かしそうな顔になる。
「次は何の曲かな！」
とある幼女がAの方を向いて目を輝かせた。Aはどんどんと国民的メドレーを繋ぎ、奏で、また別の曲へと移り変えていく。
「どう、楽しんでる？」
Aは平然と心操の方に顔を向けてそう尋ねた。
「……すごく楽しいのもあるんですけど……なんて言ったらいいのかな、凄く幸せな気持ちになれます」
心操はAから目を逸らし、店内を見渡す。
来た時よりも店内の雰囲気は明るいように見えた。人も混み始め、店の外へ出ていく人もみんな名残惜しそうな顔をしている。
「人使くんも、幸せになれるかな」
Aは、心操が見たことの無いような不安げな顔をしていた。口元は上がっているのに、長いまつ毛を伏せるその目は霞んでいる。
「……幸せですよ。ずっと」
言葉の意味を、重さを理解して心操はそう告げた。その言葉を聞いて、Aはパッと明るい顔を聞いて「そっか！」と鍵盤に向き直した。
弾き始めたのは革命のエチュード。心操が店の人が持ってきた椅子に座ると、Aは小さな声で話し出す。
「この曲、練習用の曲って言われてるし、曲自体も怒りが込められてるような、そんな曲なんだよ」
でもさ、と鍵盤に目を向けたままAは続ける。
「君と出会った日……誰も自分を見てくれてないと思っちゃって、そのむしゃくしゃした気持ちを
そんな日に、君と出会えた」
心操はじっと彼女を見ていた。
彼女の黄色い目が、その心操に向けられる。
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桜芽杏(プロフ) - にょるとさん» 閲覧ありがとうございました！ピアノの曲のようなお話、と言っていただき、私の作品への思いと夢主たちの物語にこもった気持ちが伝わっているのがわかり、とても嬉しいです。こちらこそわざわざコメントまでありがとうございました！ (2021年9月12日 11時) (
レス) id: 4e2ed4ed51 (このIDを非表示/違反報告)
にょると(プロフ) - 本当に本当に素晴らしいピアノの曲のようなお話でした…！！素晴らしい作品をありがとうございます！ (2021年9月12日 3時) (レス) id: 4a7d856f5b (このIDを非表示/違反報告)
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